< 2023年 5月 店主の独り言 >

 今月は珍しくBar(バー)のお話し。

 私は時々、残業のお供に南部せんべいや、ひねり揚げなど袋菓子を狸小路のドン・キホーテに買いに行きます。この前も袋菓子を探していると、壁に「ドンキが始めた酒屋Bar HANASAKU(ハナサク)開店!」と貼ってあります。これから残業だけど、ビール1杯ぐらい試してみようかと寄ってみました。場所はドンキの地下1階で南3条通り側の角。地下2階の酒売り場には沢山のビールがありますが、バーにビールは3種類しかありません。でも、初めて見たチェコのピルスナー・ウルケルで樽ビールがあったのでオーダーしました。下面発酵ビールの爽やかさと、香ばしいホップの風味はそのままですが、瓶入りよりもクリアでシャープな味わいに寄り道した甲斐がありました。

 下面発酵のビールは爽やかでのど越しが良いのですが、次は香り豊かな上面発酵のビールも飲みたくなりました。メニューを見てスコットランドのエール(上面発酵ビール)でブリュードックを頼みました。まずは香りが豊かでアールグレイの紅茶を思わせます。ふくよかなコクもあり、やっぱり2杯目は上面発酵がいいねと楽しんでいました。ところで1杯目は気づきませんでしたが、ビールを頼むとお店の方は大きな引き戸の冷蔵庫を開けて、最上段の棚に冷やしてあるグラスを取り出します。そしてタップと呼ばれる樽ビールのレバー下の注ぎ口にグラスを置いて注ぐのですが、このタップも冷蔵庫内の上段にあり、注ぎ終えると引き戸を閉めます。冷蔵庫の下段にはホースでつながった樽ビールがあり、つまり樽ビールも、ホースを含めた配管も全て冷蔵庫の中なのです。

 今どきのお店で樽ビール用のタップはバーカウンターの上に立っていたり、壁に何本か並んでいて目の前でビールを注ぎます。でも考えてみると樽から出て配管内に残ったビールは室温になる訳です。ですから味にうるさいお店では、注ぎ口から出たビールの始めの1秒分位はもったいないですが流しに捨てて、途中からグラスを置いて次ぎ始めます。でもここでは、樽も配管も注ぎ口も全て冷蔵庫の中なので、低温で管理されているわけです。更に冷蔵庫内の樽を見ると、よくある金属製のずんぐりした樽以外に、透明なペットボトルの大きな樽があります。調べると「キーケグ(KeyKeg)」という新素材の樽で、大きなペットボトルの中に銀色の袋が入っていて、その袋にビールが入っています。これは段ボール箱入りワイン(バッグ・イン・ボックス)と同じ構造で、病院の点滴と同様に中身の液体が減ると袋がしぼんで空気が入らず、酸化が少ない優れモノの容器なのです。

 結局一杯のつもりが二杯になり、この日は店に戻っても仕事が出来ずに仮眠をしてから残業を始めました。しかし飲食店の樽ビールもどんどん進化している事を知り、実りの大きい体験でした。実はここのバー、日本酒と焼酎が主体のお店なのですが、この樽ビールは絶対にお勧めです。

< 2023年 4月 店主の独り言 >

 先月はワイン会のお話で、今月はワインセミナーのお話し。

 2月の末にニュージーランドのセントラル・オタゴからリッポンワイナリーのオーナー、ニック・ミルズさんが札幌に来てセミナーを開催しました。元ニュージー・ナショナルチームのスキー選手だった彼はヒザを痛めた為に競技を辞めてフランスに行き、4年間仏ブルゴーニュ地方ヴォーヌ・ロマネ村のジャン・ジャック・コンフュロン、DRC、ニコラ・ポテル、その後はアルザスで研修し2002年に実家のワイナリーへ戻ります。そして当時のニュージーランドではまだ少なかったビオディナミ(バイオダイナミック)農法と、灌漑をしない葡萄栽培を始めました。

 このビオディナミ栽培とは有機栽培の1種なのですが、化学的な農薬と肥料を使わず、月や惑星の動きと植物成長の調和、動物との共生、独自の調合剤の使用等を特徴としています。セミナーの中で、リッポンワイナリーを紹介するための簡単なプロモーションビデオを観ましたが、畑の横で薬草類に水をかけて発酵させたり、土に埋めて独自の調合剤(プレパラシオン)を作って畑に散布している様子が映っていました。その後6種のワインをニックさんの説明を聞きながら試飲をして、質疑応答となりました。

 何人かの質問の後に、私も手を上げました。私は先ほどの映像を見て、「スタッフと共に畑の横でプレパラシオンを作っている姿に感動しました。ただ、フランスでは最近、大きなホームセンター等でビオディナミのプレパラシオンが販売されていると聞きましたが、そういった事はどう思われますか?」と質問しました。正直、私は「そういった安易な方法でビオディナミ栽培を始めても効果は期待できない」と言った答えを期待していました。するとニックさんは、どんな方法でもいいと思う。まずは今までの慣行農法に疑問を感じ、出来る所から始めてみて一歩でも前に進んでみることが大切だと思う。ビオディナミ農法は細かな取り決めが沢山あるが、20年続けてみて最近感じたことは、取り決めを一語一句守る事よりも、この畑の中で出来た薬草や動物のたい肥を用いて調合剤を作り、それを再び畑に散布することで畑の中で生命が循環され、土や微生物、動植物がより活発に活動を始めることが分かって来たと答えて下さいました。

 私の安直な考えを覆す、寛大で、懐が広く、明るい展望を持った答えにちょっと自分が情けなくなりました。ニューワールド産ワインの多くは、目標としているフランスの名産地の味わいを模倣したようなスタイルが多いのですが、ニックさんのピノ・ノワール種のワインは、例えばヴォーヌ・ロマネ風とかではなく、骨太な骨格を持った果実味と樽の風味が調和した独自のスタイルを持っています。ニックさんがワイナリーを始めて20年程ですが、このセミナーに参加して北海道のピノ・ノワールの一歩先を行っているのが分かりました。現在、北海道の各地でピノ・ノワールがどんどん栽培され始めています。もちろん最初は何事も模倣から始まるとは思いますが、ゆくゆくはその土地独自の味わいを目指して行く事を忘れては一過性に終わってしまうということを気づかされました。そう思うと、生産者の人柄と出来上がったワインの味わいとは共通する何かがあると感じました。

< 2023年 3月 店主の独り言 >

 今年の2月には道産ワインの大きな試飲会が、3年ぶりに2件開催されました。

 一つは比較的大手の生産者さんが集まる、道産ワイン懇談会が主催で、ロイトンホテル札幌で開催される「北を拓く道産ワインの夕べ」。もう一つは札幌京王プラザホテルで開催される、小規模でも個性的な生産者が集まる「ワインヘリテージ」が、コロナの落ち着きと共に3年ぶりに開催されました。コロナが猛威を振るったこの3年間は生産者さんとのやり取りはメールが主体で、試飲会やイベントなどでリアルで話す機会がないと、何となく一方通行感を感じていました。

 それが生産者と直に話が出来ると、昨年の天候とか醸造の話が直ぐに返事が聞けて、味わっているワインの理解度が高まります。また、ワインヘリテージのパーティー前に行われる、ワインとチーズの生産者によるパネルディスカッションで司会を行っていた、ワインライターの鹿取みゆきさんが、全国各地のワイナリーと共に「日本ワインブドウ栽培協会」(以下JVA)を立ち上げ、活動を始めたと発表されました。この協会はワイナリーが葡萄栽培に関わる問題点を共同で改善して行こうという協会なのですが、特に近年問題になっているのが、葡萄苗木のクローン指定が出来ないという点です。これは少々説明が必要なのですが、私たちはワインを選ぶ際に何という葡萄品種なのかを重視しますが、その品種が果たして何処から来た、どんな血統の品種かというルーツを明確にしようという動きです。

 ピノ・ノワール種等のヨーロッパ系葡萄の起源は古く、突然変異等を経て同じ品種でも国や、地方、あるいは村によって、性格が少しづつ異なって来ました。元は同じ品種でも、今では性格の異なる兄弟葡萄たちを別の品種と扱い、数字やアルファベットで管理する様になったのがクローンです(例・115,777,Abel、UCD5,MV6、等)。フランスとアメリカでは、オリジナル・クローンの管理を国の機関が厳格に行っていますが、日本の苗木商では新品種の需要がここ10~20年で急に高まった為に、クローンが不明のまま販売が行われて来ました。

 そこで前述の鹿取さん、岩見沢10Rワイナリーのブルース・ガットラヴさん、長野ヴィラデストワイナリーの小西さん他、全国の名門ワイナリーたちが集まって「JVA」を設立し、ワイン生産者が困っている問題に一社ではなく団体の力で解決しようと動き始めたようです。現在、協会の本部は長野県にあり、協会が直接、優良なクローンを輸入して、信州大学、日本の苗木業者と連携して、希望するワイナリーへ供給できるように準備を始めているそうです。こうした働きによって、益々良質な日本ワインが全国各地で出来る様になる事を願っています。

2023年 2月 店主の独り言

 今月は今更ですが、年越しのお話し。

 何度も書いていますが、私の年越しは札幌・時計台の前(当然屋外です)で、シャンパーニュを飲みながら時計台の鐘の音を聞いて新年を迎えていました。始めた理由は、私は中学の頃まで札幌の北1条西3丁目に住んでいて、周りはビルしかない中で子供の頃は時計台裏の芝生が唯一の遊び場でした。二十歳を過ぎて偶然見たテレビで「世界各地の年越しの風景」が映っていた時、ロンドンでは有名な時計台ビックベンの周りに人々が集まり、12時の鐘と共にそこにいた車が一斉にクラクションを鳴らして新年を祝っていたのを見て、「札幌だったら時計台だ!」と閃きました。

 当時の友人と飲みながらその話をしたら、皆がその場で盛り上がって時計台での年越しパーティーが決定。私は言い出しっぺで酒屋ですから、シャンパーニュとグラスは持って行く事になりました。さて、1980年12月31日夜、一張羅の黒いスーツと蝶ネクタイに真っ黒のサングラスをして、泡とグラス1箱を持って11時に時計台に行くと誰もいませんでした。そのうち皆は来るだろうと一人で栓を開けて飲んでいましたが、屋外だとグラスから香りは全く立たず、何より寒くて膝はガクガク震えてきます。結局友人は誰一人来ませんでしたが、時計台の前は色とりどりのスキーウェアーを着た観光客が、代わる代わる来ては記念写真を撮って行きます。そんな中で一人黒ずくめの男がシャンパーニュを飲んでいると、「あの人何なの?」と声が聞こえてきます。始めは友人が来ると思ったので、周りの人にご馳走すると友人の分が無くなると思い、周りの人を無視して一人で飲んでいました。

 当時は携帯が無かったので友人を呼び出すことも出来ず、ムカムカしながら12時を待っていると、自然に10秒前からその場でカウントダウンが始まり、「さん、に、いち、」の声と共に「カーン」と時計台の鐘の音がビルの谷間に鳴り響きました。これが、私が時計台カウントダウンを始めたエピソードです。そしてこの荒行のようなカウントダウンを40年続けました。

 そして41年目の2021年大晦日、私は体調を崩し起きることが出来ずに初めて欠席し、気持ちが萎えてしまいました。2022年の大晦日は準備をしましたが、家内と息子と3人、家で紅白を見ながら時計台用のシャンパーニュをゆっくりと味わい、そして思いました。師走の忙しい中を働き終えて、家族が集まりゆっくりと過ごすひと時。最初の年に思った「約束したのに何故、誰も来ないのだ!」の答えが42年後に納得出来ました。一人暮らしや、観光の方以外は、年越しの時間は家族にとって大切な時間だったのです。そんな訳で、私の時計台カウントダウンは40年間で終了しました。でも、時計台は鐘を鳴らし続けているので、荒業をしたい方はどんどん行ってください。そして、もし行かれた方がいらしたら、私にその様子を知らせていただけると嬉しいです。

2023年 1月 店主の独り言

今月は温泉のお話。

12月の休日に息子と休みが重なり、親が望む温泉と息子が希望のアウトレットパークに親子水入らずで行って来ました。ランチは清田区北野にある「そば処大和」。元白バイ警官だった大将の打つソバは人気でいつも行列です。次はお風呂、方角的に探して見つけたのが千歳の祝梅温泉。ここの看板は、2メートル強の倒れたボーリングのピンが目印。モール温泉という地中深くにある泥炭層を通って沸いた温泉は、濃いウーロン茶色でトロッと粘性のあるお湯。40度程の丁度良い熱さと柔らかなお湯に浸かっていると、じわじわと温泉の成分が肌に浸透する感じがたまりません。

ゆっくりお湯に浸かっていると、外から引っ切り無しにジェット機のエンジン音が聞こえてきますが、これも千歳の風情と思えば気になりません。私も家内もお湯が良ければ、設備は豪華絢爛よりはひなびた方が好きなので、ここはすっかり気に入りました。しかも源泉かけ流しの温泉料金は一人350円と、札幌の銭湯より安いのです。お風呂の後は千歳ワイナリーで、醸造担当の青木さんから新しい搾汁機と、スパークリングワイン用のジャイロパレットを見せてもらいました。そして最後は息子の希望である三井アウトレットパークで締めです。

アウトレット内にある「道の駅」的なスーパー。ここがまた安く、カボチャ、葉物、レンコンなどの野菜、果物を一通り買った後に、魚売り場で見つけたのが、幅20センチ×長さ40センチ以上ある半身の大きなタラが650円!

普段行かないショッピングセンターでの買い物は発見が色々あって楽しかったです。でも何より嬉しかったのは、小さな時は何処に行くのも一緒だった息子が、小学校後半から親離れをして10年強。それが又こうして、家族3人で出かけられた事に感謝しました。僕が小さかった頃は、実家の果物屋は休みが無かったので家族で出かけることは無く、外での食事は父と、買い物は母とで。僕の両親が味わったことが無い家族全員での外出、この幸せを満喫している僕を両親はきっと天国から笑顔で見ている事でしょう。

2022年12月 店主の独り言

2022年で私は63歳ですが、札幌が市になって今年で100年だそうです。

この市制100周年の記念講演会が札幌市中央図書館で11月に行われ、札幌の出版社・亜璃西(アリス)社の和田由美さんが札幌駅前通りの街並みの変化や文化の歴史について話をされました。この講演で多くの時間を掛けたのは、1951年黒澤明監督が札幌を舞台にした映画「白痴」。私も昔に一度見ましたが、まだ白黒映画でアクションシーンもなく、娯楽映画好きな私にとっては暗く重たい印象が残っています。和田さんは街は破壊と、創造を繰り返し発展する、無くなった風景や建物は人の記憶の中にしか残らないが、こうして映画になることで、昔の札幌を今も見ることが出来るとおっしゃっていました。

また亜璃西(アリス)社が今年出版した本「さっぽろ燐寸(マッチ)ラベル グラフィティ」の中から、札幌にあるお店のマッチ箱の写真もたくさん紹介されました。このマッチは札幌の上ヶ島オサム氏が収集したもので、飲食店だけではなく旅館、商店、銀行、メーカーなど多岐にわたります。上ヶ島氏はマッチラベルだけで何と数十万枚所有し、札幌関連だけでも数千枚、今回の本には厳選した約1200枚が掲載されています。上ヶ島氏は小学校の頃からマッチを集め始めたそうですが、未成年だった自身は当然ですが両親や家族もタバコを吸っていなかったそうです、不思議ですね。

先月は、札幌の南3条通りのカレンダーのお話しで、今月もこうして地元ネタとなりましたが、皆さんにも書店で「さっぽろ燐寸(マッチ)ラベル グラフィティ」を是非見ていただきたいと思います。たった数センチ角のスペースに「店名」「住所」「電話番号」と共に描かれたイラストが皆センスが良く、和風あり、洋風あり、アールデコっぽかったり、独自の味わいが感じられます。

話は戻って映画のお話。札幌が舞台の映画で私のおすすめは、1996年の怪獣映画「ガメラ2レギオン襲来」。ススキノ十字路の角にあったデパート「札幌松坂屋」が怪獣の巣となり、ガメラと共に怪獣が札幌で暴れまくります。しかしこの建物の実際の運命は紆余曲折を経て何度も名前が変わり、最後は「ラフィラ」の名称で廃業し怪獣ではなく解体業者によって2020年に取り壊されました。もう1本はちょっとマニアックですが、1989年吉本ばなな原作の映画「キッチン」。この映画は函館で撮影されましたが、一瞬ですが札幌・地崎バラ園前にある美しい夜景で知られるBAR、「N43」さんの白い屋外通路が登場します。近年の映画では、やはり2011年からの3部作・大泉洋主演の「探偵はBARにいる」になるでしょう。

2022年10月 店主の独り言

 9月の休日に息子と三人でキャンプに行って来ました。

 コロナが始まった2020年から3年間程、家内と二人で道内各地をキャンプして来ましたが、テントも小さく、寝袋も二つしかありません。今回は大人になった息子と3人なので、札幌市南区常盤(トキワ)にあるキャンプ場の設置されたテントに泊まる「グランピング」を体験して来ました。当初はベッド付きテントに宿泊予定でしたが、その日は台風14号の影響で大雨が予想された為、貨物輸送用の鉄製コンテナを改造して中に二つのベッドがセットされた所に三人で泊まりました。そして予報通り、その日の夕方からはずっと雨でしたが、風が強くはなかったので、コンテナの前に設置されたタープ(天井部分だけのテント)内のテーブルで、雨を見ながらゆっくりとバーベキューを屋外で楽しむことが出来ました。

 息子は初めて自分一人で火をおこし、焚火とバーベキューの火の世話が好きになった様です。今回もお肉は、札幌東区役所そばの塩原精肉店の生ラム。厚さ1センチの超厚切りにカットしていただいたので、ジンギスカンと言うよりはラムのステーキ。表面が少し焦げても内側はピンク色で、噛む度に肉の旨味が楽しめます。そして、もう一つの楽しみはワイン。まず乾杯のシャンパーニュはボーモン・デ・クレイエールのブラン・ド・ノワールで、ミレジム2012年(7,480円税込)。ピノ・ノワール種70%、ピノ・ムニエ種30%をブレンドし、瓶内二次発酵と熟成に96ヶ月もさせていますが、黒葡萄からの凝縮した果実味がまだまだ濃すぎて、液体ではなくゲル状の様に感じられました。多分、若い頃のロバート・パーカー氏がコメントしたら「ワオ、ワオ、ワオ」と言って95~96点位の評価をしたと思います。

 次の赤は南仏から。生産者はサンタ・デュック、葡萄はラストー村のブロバック畑産で、収穫は2014年(2,530円税込)。品種はグルナッシュ種80%、シラー種10%、ムールヴェードル種10%のブレンド。醸造は野生酵母を使ってゆっくりと行い、その後オリと共にタンクで熟成させています。アルコールは14.5度と高いですが、8年を経て果実味とアルコール感、スパイス感が調和し始めてきています。個人的には上記のシャンパーニュよりも熟成感が楽しめるラストー村の赤の方が気に入り、塩コショウしたラム肉との相性も良かったです。

 こうして美味しい肉とワインを家族三人で楽しんでいましたが、私は前日の残業から睡魔に襲われてしまい、なんでも椅子に座って箸を持ったまま寝ていたそうです。その後は二人に起こされ、夜の8時前に一人でベッドに入って朝まで寝ていました。そんな訳で、食事後半の記憶はございませんが、息子は夜中まで一人で焚火と戯れていたようです。

2022年 9月 店主の独り言

 今年の夏休みは、家内と二人で伊豆・大島に行ってきました。

 羽田からモノレールで浜松町駅、ここから徒歩で竹下桟橋のフェリー乗り場に行きます。30年以上前の浜松町とは違って竹下桟橋までの間には、汐留(シオドメ)地区から続く高層ビルがニョキニョキ建っていて今では人気のエリアとか。
 さて、ジェット船のフェリーは大島まで1時間45分。昔の青森~函館間の連絡船が、少し短い距離を4時間でしたから、驚きの速さです。また、行った時期がお盆と重なり、取れた宿も港から離れた古い民宿。北海道・奥尻島より少し小さな規模の伊豆・大島はバスの便が悪く、車がなければ移動もままなりません。しかし7件あるレンタカー屋さんは全て空きが無く、港でタクシーに乗って宿まで向かいます。車中でレンタカーが無い話をしたら、運転手さんが親戚の中古車屋さんに問い合わせをしてくれて、運良く翌日から1台都合が付きました。

 宿の方に聞くと、島のレンタカーが少なく、車、バイク、原付、電動自転車、変速付き自転車、ママチャリの順に無くなるのだそう。翌日からは、見どころ満載の島を車で回りました。私のお勧めは、小さいけれど動物が生き生きとしている動物園。突風が吹き荒れる荒涼とした三原山の裏砂漠。水着着用ですが、海を眺めながら入る温泉、浜の湯。でも私が一番感動したのは、伺った元町の高田製油所で、四代目高田義土さんに椿油のお話を1時間以上伺えた事です。高田さんは何気なく淡々と話をしますが、良質な油は手間のかかる「玉締め式」で作る事を家内が取っていた生活クラブの会報で読んでいた事で話が進み、高田さんの話に熱がこもり始めました。島に椿の木は約300万本栽培されているそうですが、農地栽培ではなく各家庭で防風林や観賞用に栽培されている為に量産化が出来ず、農地化、産業化がされませんでした。実際、現在収穫されている島内の椿の種を全て絞っても、島民1人当たり1升瓶の半分強しか行き渡らないそうです。

 現在はフェリーのお陰で生活物資は何でも入手出来ますが、昔フェリーが無い頃の油は貴重品で、島民は庭にある椿の実を拾い、中の種をくり抜いて天日乾燥させ、油屋さんに預けて、手間賃分を除いた油を受け取り、毎日の調理に使っていたそうです。
 この椿油は今注目のオレイン酸を86%も含む事で、肌への吸収が早く、酸化が遅い為に、平安時代から女性の黒髪を守る油として珍重されてきました。しかし椿は植樹して実をつけるまでに約15年、成木となり良質な油を得る種を収穫するには更に15年以上かかる為、短期的な量産が出来ず、食用ではなく少量の油でも利用できる美容用油で本州に出荷されていました。でも高田さんは、椿油は食べて味わっていただきたいそうです。

 ワイン業界で言うと高田製油所さんは自社畑の無い生産者で、原料である椿の種の入手先は皆さん個人の方々。個々に病院のカルテのような台帳があり、毎年の引き取り量が記載され、お金で支払いか、手間賃を除いた油でお返しするかが記載されているようです。ちなみに油で返済する方は一升瓶に入れてお渡しするそうです。
 私がワイン用葡萄の木は3年で実が成り、20年位から良質な実が収穫出来ると言ったら、その位だったらうちも自社農場を始めたかったと高田さんが言っていました。しかし現在、種を持ち込む方の多くがご年配なので、次の世代の方々になっても椿の実を収穫し、種をくり抜き、天日乾燥させて製油所に持ち込んでくれる事を願うしかないと言っていました。
 沢山の小規模・個人生産者から種を買い入れ、今も効率の悪い「玉締め式」で油を絞り製品化する高田さんの話を聞いていて、私は胸を打たれました。ワインではありませんが、素晴らしい生産者が伊豆・大島にいる事と、そのご本人とお会いし直接話を伺えた事に感謝いたします。

2022年 8月 店主の独り言

 先月は東京から家内の姉と娘さんが北海道観光で札幌に来ました。

 久しぶりの女性同士、お酒よりもおしゃべりがメインなので、私は運転担当で一緒に札幌観光を楽しみました。さて、私が思うに東京、大阪からの方が北海道に期待するのは広大な広さ。そこで家内が選んだのは、モエレ沼公園(広さ189ヘクタールで内陸部100ヘクタール+沼)。その日は祝日だったので、駐車場の横にあるガラスのピラミッド内のレストランでは結婚式が行われていました。

 レジャーシートを広げて皆でおにぎりを食べていると、海の噴水がスタート。この噴水はちょっと驚きのアトラクションで、10年ぶりに噴水を見た私は映画「シンゴジラ」でゴジラが最初に海から登場するシーンを思い浮かべました。その後はモエレ山の登山、札幌の不燃ゴミと建設残土を積み上げ造成された、高さ52メートルの人工の山です。ここを整備された道を通らず芝生の斜面を10分程かけて登りましたが、自然志向のお姉さんと妻は靴を脱いで裸足で登りました。山頂はすごい風でしたが、北側には石狩の海辺に並んで立つプロペラ型風力発電機が見え、札幌駅のJRタワーや中心部のビル群、南側には銀色に輝く札幌ドーム、東側には遠くに野幌の百年記念塔が見え、広大な札幌全体を見渡せます。

 彫刻家イサム・ノグチ氏が基本設計したこの公園の桁外れなスケール感と魅力を満喫して、私が同氏が設計の真っ黒い滑り台が札幌の大通公園にあると話したら、それも見る事になりました。「ブラック・スライド・マントラ」と名付けられたこの作品には逸話があります。この滑り台は当初、大通公園9丁目にある丘のような石の滑り台(クジラ山)を撤去して設置される予定だったが、現地を視察したノグチは、子どもたちに親しまれているクジラ山をそのまま残し、空間全体のバランスを考えた上で、大通公園8丁目と9丁目とをつなぎ、その間の道路にあたる場所に設置することを主張した。一見、無謀とも思える提案でしたが、札幌市は「子供らの遊び場に」(「ブラック・スライド・マントラ」は)「子どもに遊ばれて、完成する」というノグチの意思を尊重し、8丁目・9丁目間の道路をふさいだ話をしました。

 遊んでいる子供達の列に加わって、僕らも童心に帰って滑り台を堪能しました。夕食は「町のすし屋・四季花まる」。人気の回転寿司店が運営する新しいスタイルの寿司屋さん。車の運転が終わった私は、お刺身盛り合わせと日本酒を堪能し、お姉さんと家内は二階建てホタテだ、イクラだと大騒ぎ。こうして札幌での観光を楽しんでいただきました。

2022年 7月 店主の独り言

 今月は車のお話。

 今まで乗っていた青い日産ノート初期型2005年式が、17年を経てそろそろ買い替えの時期感が出て来ました。私の希望はトヨタ・ポルテ。メジャーな車種ではないので御存知ない方もいるでしょうが、軽以外の小型車でちょっと変わった車でした。社名はフランス語PORTE(扉、ドアの意、読みはポルト)をローマ字読みしたのでしょう。助手席ドアが、大きなスライドドアから付けたようです。

 ある時、私の目の前を女性がスタスタとこのポルテに近づき、リモコンを押して助手席の電動スライドを開けて車内に入ると、助手席のシートが40センチ程後方に下げてあり、助手席側から運転席のシートに当たり前のように座って、内側からスイッチで助手席ドアを閉めました。車に乗り込むには自分でドアを開け、椅子に座って「ドン」という音と共にドアを閉めると思っていたら、何ともスムーズで優雅な乗車に見とれてしまいました。

 この車の運転席側は普通のドアで、助手席側が大きなスライド式、後方は跳ね上げ式ドアという、左右でドアの切り方が非対称の車でした。発売後、赤ちゃんを抱っこしたまま、あるいは荷物を持っていてもスムーズに乗り込める事が受けて、女性に人気が出ましたが、やはりイレギュラーな車として販売台数も下がり生産中止になってしまいました。

 少しへそ曲がりな私は、こういった設計者の思いが色濃く出ている商品が好きです。ぱっと見には、小さくて背が高いファミリーカーですが、ドアの切り方や内部のレイアウトに関して、トヨタ内の設計・企画会議ではかなり難産だったであろうこの車が、私にはとても魅力的なのです。さて、私が家内にポルテの説明をした後に、家内の希望を聞くと「私は黄色い車が良い!」の一言。そこで調べてみるとポルテに黄色は発売されておらず、全塗装をするか、別の車種で黄色を探すしかありません。はたして次の車は何になるのでしょうか。

臨時休業のお知らせ

コロナウィルス感染者発生のため、下記の期間臨時休業いたします。
なお感染者は隔離療養し、店内の消毒ならびに全スタッフの検査陰性を確認しております。
ご迷惑、ご心配をおかけしますが、よろしくご了承ください。

休業期間:令和4年6月20日(月)・20日(火)

株式会社 ワインショップフジヰ
連枠先 
電話 011-231-1684
FAX 011-231-4403
info@wineshop-fujii.com

2022年 5月 店主の独り言

 4月に日本ワイナリー協会主催のピノ・ノワール・ワインセミナーに参加しました。

 セミナーは今流行りのオンラインで、3ヶ所の生産地を繋いで各産地の生産者さん同士がディスカッションします。まずフランス・ブルゴーニュからは、函館で葡萄栽培を始めたヴォルネ村のモンティーユさん。札幌会場は日本ワイナリー協会顧問の石井もと子さんが司会進行を務め、生産者は山﨑ワイナリーの山﨑さん、千歳ワイナリーの三澤さん。長野会場はヴィラデストワイナリーの小西さん。離れていても顔と声はオンラインで伝わりますが、ワインの味わいはオンラインでは無理なので、3会場にそれぞれ5種のワインが用意されました。

 ワインは全てピノ・ノワール種の赤で、モンティーユ北海道(余市産葡萄使用)2019年、モンティーユのフランス・ヴォルネ村1級畑ミタン2018年、千歳ワイナリー(余市産葡萄使用)北ワイン2019年、三笠・山﨑ワイナリー・プライベート・リザーヴ2019年、長野・ヴィラデストワイナリー2019年。また札幌会場でワインのサービスをされたのが、オーストラリア生まれの高松ソムリエ。現在、余市のドメーヌ・タカヒコで研修中の彼は、豪州、英国のレストランで勤務しながら独学し、世界ソムリエ業界の頂点に立つ英国のマスター・ソムリエ(2020年時点で世界に269人)を取得した現在最年少の青年です。コロナ禍以降、今となっては当たり前ですが、札幌に居て、各生産者のコメントをオンラインで聞きながら、実際にそのワインを試飲しました。

 さて5種のワインの味わいです。モンティーユ北海道、色調はミディアムですが、果実味が詰まっていて骨太な印象。熟成香的な香木や革の香りも開き始めています。一方、ヴォルネ村のピノはとても暑かった18年産。果実味が凝縮して北海道のピノと比較すると、温暖なカリフォルニア産ピノ・ノワールの様に濃厚でした。余市産葡萄を使った千歳のピノ・ノワールは、酸とタンニンが調和し、ふくよかな果実味と共に柔らかな印象。三笠のピノ・ノワールは干した果実の風味を酸味が引き締め、ミネラル感と本わさびの香りが余韻に感じられました。最後は長野でも標高850メートルの丘の上にあるヴィラデストワイナリーのピノ・ノワール。ふくよかな旨味と果実味に細かなタンニンと穏やかな酸が調和し、余韻には麦わらを思わせるにが旨味が楽しめます。

 司会の石井さんがモンティーユ氏に、本場の産地に居ながら何故、北海道でピノ・ノワールを栽培を始めたのかと聞くと、1990年以降ブルゴーニュでは果実の抽出が強くなった。僕が思うには、パーカー氏を始めとするワインの点数評価が影響したと思います。それと、現地の温暖化が進んだ。そんな時にプロモーションで日本に来て、北海道のピノ・ノワールを味わい1980年代のブルゴーニュが持っていた冷涼地らしい繊細な味わいに驚いたそうです。その後も北海道に来て、産地を見て回ると、欧米の様に生産者の悩みを国や研究機関がサポートする体制が全く無く、個々の生産者が手探りで葡萄栽培を行っている姿を見て胸が熱くなり、自分が持っているノウハウと、地元ディジョン大学の研究結果をオープンにして、共に力を合わせてピノ・ノワールの新産地を作りたくなったと言っていました。

 その1990年以前のブルゴーニュの味わいについて質問すると、モンティーユ氏は「アロマのエヴォリューション(香りの進化の意)」と言われました。当時のブルゴーニュが、10年以上かけて上手く熟成した時に出て来る熟成香が、北海道のピノ・ノワールは5年程でその香りが開き始める。これが驚きで、この特徴を持った道産ピノ・ノワールを更に磨き上げると、どうなって行くのかが楽しみだそうです。

 あと、私がモンティーユ氏の映像を見て思ったのは、彼が現地で試飲に使っていたワイングラスは、多分オーストリア・ザルト社のブルゴーニュ・グラス(現在メーカー欠品中)の様でした。セミナー後に、ソムリエの高松さんに聞いても、同様の返答でした。こうして現地に行かずに、産地の様子が見えるのはオンライン映像だからこそ。話は戻りますが、これから10年、20年後の北海道のピノ・ノワールは益々楽しみになって行くでしょう!

2021年 9月 店主の独り言

 今月は温泉のお話。

 時間が空いてしまいましたが、函館の親戚に会って来ました。ただコロナ禍と先方は高齢でもあるので、マスク越しで要件を話し、お宅には泊まらずに妻と二人で東大沼のキャンプ場で2泊と、感染対策をして旅館に2泊して来ました。そしてせっかく函館に行ったので、家内が好きな源泉かけ流しの温泉を数ヵ所回って来ました。

 先に言っておきますが、家内は超豪華よりはひなびた秘湯的な温泉の方が好みです。最初は函館市の郊外、西ききょう温泉。ここはお湯の質重視で豪華さはありませんが(失礼)、確かに熱くて少し黒っぽいお湯に浸かっていると肌がツルツルして来ます。まずカーナビに住所を入れて、この場所に着くまで幹線道路から細い砂利道に入って少し走ります。周りは建築会社の資材置き場が続き、途中で道を間違えたのではと確かめた程。そして見つけた建物は古いバッティングセンターか、資材倉庫といったムード。正式名称は西ききょう健康グランドで、横には野球のグランドもありました。ここの湯船は直径2メートル程のコンクリート製で、水道用の土管を輪切りにした物。これが3つあり、温度がぬるめと、熱いのと、超熱い、になっています。ここに行ったのが15時頃だったので年配の方が多く、皆さん涼しい顔をして「超熱い」に入っていました。あの時、私も我慢して超熱いに入っていれば、函館の温泉仲間に入れたかもしれませんが、片足を入れただけで私には無理でした。

 次は函館から車で海沿いを西に1時間強走った、恵山(エサン)温泉旅館。ここのお湯がまた凄く、PH2.1の強酸性でちょっと口に含むと明らかに酸っぱく、お湯を手にすくって顔を洗うと、目をつぶっていても瞼(マブタ)がチクチクします。脱衣所には「強酸性温泉の為に石鹸が使えません」と大きく書かれています。このお湯で、時計やアクセサリー類も黒ずんでしまうそうです。このお湯で体を殺菌した後はお食事。海に面した恵山は漁港が多く、魚づくしの料理でした。驚きは鱈(タラ)のお刺身で、厚さ1センチ程に切られた身は淡白でヒラメの様。ワサビ+醤油ではなく、持込させていただいた千歳ワイナリーのケルナーを、お醤油に少し垂らして鱈のお刺身をいただくと、とても相性が良くなりました。でも私の一番は、濃厚な味わいがしみ込んだ「いかめし」で、複雑な味わいはちょっとチーズを思わせます。建物も新しくはありませんが、お父さんの美味しい魚料理をお母さんと娘さんが部屋まで運んでくれるのを見ていると、ほのぼのとした気持ちになりました。こちらも秘湯好きの方にお薦めします。

 そして最後は、八雲から内陸に入ったおぼこ荘。先の2ヵ所はちょっとマニア向けな温泉でしたが、こちらはどなたにもお薦めできる綺麗で設備の整った温泉宿。建物の横を清流が流れ川岸まで下りて散策すると、川横の岩盤の割れ目から2メートル程の滝を見つけました。先ずは温泉、茶色に濁ったお湯はしっとりと肌になじみ、鳥や虫の鳴き声と、渓流の音がこだまする露天風呂はまさに天国。更に内風呂は源泉が別で、色も違って二つのお湯が楽しめます。食事はいろりコースをお願いしました。こちらは炭火で魚介類を自分で焼きながら食事をします。実は魚料理でも焼くことで焦げ目が付くと、赤ワインと相性が良くなります。そこで持ち込んだのがカリフォルニアのピノ・ノワール種で、生産者はアルタ・マリア。涼しい海岸沿いのサンタ・マリア・ヴァレー地区で、8年を経た2013年産。タンニンの強いカベルネ・ソーヴィニヨン種は肉料理に合いますが、柔らかな果実味のピノ・ノワールだと炭火焼の魚やエビに寄り添ってくれました。こうして数日間、仕事をせずに温泉とご馳走を食べた代償は体重の2キロ増。これから溜まった仕事と、減量が私を待っています。

2021年 8月 店主の独り言

 今月はワインの試飲のお話。

 毎土曜の午後に行っていた試飲会は、コロナ禍で昨年の2月から中止のまま。実は毎金曜日の閉店後に当社スタッフで試飲を行い、その残りを翌日の午後からお客様にご試飲いただいておりました。そして2月以降も、毎金曜閉店後の社内試飲は続けています。その本数は金曜夜で18種類、更に多い時は土曜にも数種試飲をしています。

 土曜の試飲会が無い今、開けた18本のワインで見込みがありそうな物は、保存容器に入れて得意先の飲食店の方が来店されると、店内で試飲をお薦めしています。でも保存容器も10個程しかなく、残ったものはスタッフで分けています。この状態が1年以上続いているので、新着ワインの試飲を目的にお寄りいただくソムリエさんも増えて来ました。さて、皆で分けたワインは各自、家に持ち帰って飲むのですが、試飲と違ってその時々の食事と共に飲むわけです。試飲はワイン単体で味をみますが、食事と共に味わうと印象が異なることが多いのです。

 例えば、ワインに苦みや酸味が目立つと、試飲のメモには欠点として記載しますが、油っぽい料理と酸味豊かなワインは調和しますし、山菜や根菜類と苦味のあるワインを合わせると旨味を感じさせます。こうして食事と共に味わうと印象が変わり、世の中に不味いワインは無いんじゃないか?と思ってしまいます。そんな訳で、最近の私は料理との相性を考えるようになり、ソムリエさんの気持ちが少し分かって来ました。

 そんな時、お客様に勧められて観たのがNHKの番組「あてなよる」です。今までのテレビ番組は、食べたことが無いような素晴らしい料理と、最高のワインを有名ソムリエがサービスする形が多かったと思います。しかしこの番組は、日頃食べている様な何気ない食材を使った創作料理に、実力派で知られる若林ソムリエが多分2~3、000円位までの普通のワインを中心に、日本酒、ビール、焼酎、ウイスキー等をちょっと変わった方法で合わせて行くという内容。お酒単体での味わいと、食事と合わせた時の印象、更に提供する容器や、ストレートに味わうか、水で割ったり、お湯や氷を入れたり、様々な方法を用いて、より楽しく味わう方法を提案しています。

 ワイン評論家が100点評価した様な偉大なワインではなく、普通のワインを家にある容器や、食材を使ってお値段以上に楽しむ方法。これは正に家飲みの最適な楽しみ方ではないでしょうか。民放ではないので、具体的なお酒の銘柄名は出ませんが、「あてなよる」は、久々に多くの方にお薦めしたいと思ったテレビ番組です。

2021年7月

今月は親バカのお話。

2020年4月から調理師として働いている息子は、拘束時間の長い飲食業界で何とか1年を迎えることが出来ました。先日、私が一人残業中に息子から連絡が来て、前の料理長が独立するので、今の料理長と息子が一緒に食事に行くことになり、お祝い用のワインを今から買いたいとの事。普段の営業中と同様に、息子から好みや予算を聞いて何点か選び、ワインの説明をします。

閉店後で他に誰もいないので、好きなCDを少し大きめな音量で聞きながら品選びをしていました。そのうち、多分、録音時にベースの音を強めにしたせいで、少し低音が暴れて聞こえる部分があったので、私はアンプの音質調整で低音を削って再生した所、それが息子には驚きだったようです。

もっと大型で、過入力にも対応できるスピーカーであればいいのだが、与えられた環境の中でいくらかでも良い音で再生したいから調整すると伝え、元の状態と、低音を削った時の音とを、息子相手に比較を行いました。昔、自分も中~高生の頃は、低音ドンドン、高音シャリシャリの派手な音が好きだったけど、こういった音は飽きちゃうよと言うと、少し理解してくれたようです。その時の息子は少し憧れの眼差しをもって私の話を聞き、まるで映画の親子のワンシーンの様でした。

普段、家に居る時は親とは話さず、自分の部屋でスマホを触ってばかりですが、こうして共通の話題で息子と話していると、親冥利に尽きる程に嬉しくなりました。コロナ禍で、経済的には厳しい状況ですが、久しぶりの息子との語らいで家族から新しい力をもらいました。

2021年 6月

 今月はわたしの休日の過ごし方。

 私の職場は狸小路とススキノの間で、コンクリート・ジャングルの中。緊急事態宣言で、日本の禁酒法とも言える酒類の自粛が始まり、お得意先の飲食店の多くは休業になってしまいました。ここ南3条西3丁目が、夕方からはゴーストタウン状態。そんな時、お客様が「休み中に飲むワインを買いに来たよ!」と言って、ご来店頂くと胸が熱くなります。

 こんな時の気分転換には、ハイキングが最適。先月は札幌の三角山、今月はその隣にある、赤坂さんが所有しているという、赤坂山に行って来ました。三角山は311メートル、赤坂山に至っては120メートルで、10分程で登れる小さな山ですが、とても気持ちの良いハイキングでした。歩いていると手作りの看板が所々にあり、近所の方が利用者の為に色々整備をされているのが感じられて嬉しくなります。たった10分でも、山の中を自然を感じながらテクテクと歩き、山頂でお茶とおにぎりを食べるとチョットした幸せを体験出来ます。

 自然の中をゆっくり歩き、帰りにスーパーに寄って晩御飯を用意する。赤坂山の帰りはコープさっぽろ西野店でした。家内はクジラのお刺身をゲットし、私は丸一匹の鶏が二割引きでしたのでゲット。帰宅後、私は何年かぶりにダッチオーブンを取り出して、下ごしらえを始めます。鍋に鶏を入れガスを弱火にして20分焼き、更にジャガイモを投入して弱火で30分タイマーをセット。

 あとの焼き上げはタイマーに任せて、新着の仏メルキュレ村産ピノ・ノワール種の赤を開けて、食事はスタート。クジラのお刺身は生姜醤油に付けると生臭さが出ず、シカ肉のカルパッチョの様でピノとも合わせることが出来ました。その後タイマーが鳴り、ローストチキンを皿に盛って、鍋に残った汁にワインを加えてソースにします。ローストチキンとピノ・ノワール赤の調和を楽しみながら、この休日も楽しい夕食となりました。皆さんも休日には、近所の山や公園に行ってみませんか。夕食がとっても美味しくいただけますよ。

 

2021年 5月

今月はスーパーの話。

意外に思われるようですが、僕はスーパーマーケットが好きなんです。休みの日は家内とスーパーへ行き、今夜のメニューを考えながら野菜や肉、魚、食品類を見るのが趣味。特に活気のあるスーパーだったら、ちょっと遠出をしてでも行きたくなります。

僕が好きなスーパーの一つが、大曲のジョイフルAK(エーケー)内にあった「ジャパン・ミート」でしたが、惜しくも昨年閉店になりました。ジャパンミートは関東圏で展開しているスーパーで、「ミート」の名の通り肉に関しては品揃いの多さが特徴でした。ヒズメの付いた豚足や、豚の耳を買うことは無かったですが、大袋に入った現物を見て驚きました。

その跡地にオープンしたのが地元のスーパー・エース。正直、そんなに期待をせずに行った所、鹿肉の品ぞろえに驚きました。まずはザブトンかと思うような大きさの鹿バラ肉が100g200円。その1キロ弱のザブトンを買い、厚みのある部位をステーキにして、残りは筋が多いので圧力なべで煮ることで鹿肉タップリの美味しいシチューになりました。

実はこのザブトンを買う際に迷ったのが、鹿モモ肉の「シンタマ」という部位。ラグビー・ボールを半分にしたような形で厚みもあり、ステーキには最適かと思いましたが、1.5キロ程の大きさにめげてしまいました。

前回の雪辱を兼ねて来店した所、1.3キロ弱のシンタマが2,500円でしたのでゲットしました。売り場で見るのと違い、家の台所で見るとシンタマはラグビーボール大に見えて来ます。

私が300g強、家内と息子で300gをステーキで食べ、残り半分の塊は冷蔵庫へ。そして3日後、家内はひき肉にしてハンバーグと、ミートソースになって美味しくいただきました。

仕事柄少しワインの話もすると、鹿のステーキ用には、熟成した2012年産のピノ・ノワール(メルキュレ村)を合わせました。しかし鹿肉自体が若くてストレートな味でしたので、もう少し濃さのあるボルドー地方か、南仏産のスパイシーな赤の方が相性が良かったと思いました。

多くの方にとっては、2,500円という値段よりも、1.5キロの肉の塊を買ってどうするの?でしょう。うちの場合、僕が駄々をこねて買いますが(もちろん肉代は僕が出します)、残りを家内がシチューやハンバーグにしてくれる事で助かっています。僕にとって、活気のある店で食材を見ながら妻がメニューを考え、僕はワインを合わせるのが何よりの楽しみ。これが、休み明けの仕事の活力になっています。

2021年 4月

今月は久しぶりに仕事のお話。

私は毎年2000種程のワインの試飲をこなして来ましたが、昨年はコロナ禍でイベントや試飲会が全て無くなり、多分、半分ぐらいしか試飲が出来ませんでした。毎週金曜の閉店後に社内試飲で約16種、土曜にも数種の社内試飲は続けていますが、これで800種程。あとは休日に飲む分が50~100種ぐらいでしょう。正直、コロナ禍で当社でも特に飲食店さん向けの売り上げが大幅に減りました。当然、中~高級品の商品開発に関しては少し弱まった感は事実です。

その代わり巣ごもり需要に対して、1,000円前後のデイリー・ワインに関しては必死になって探した1年でした。少しでも新しい売り上げを得るために、今、話題のフードデリバリー・サービスも考えています。

実は、私の携帯は俗に言う「ガラケー」でした。休日に家内と車で出かけた時は、助手席の家内がスマホで目的地や道順を検索してくれたので、私はガラケーでも十分でした。しかし家内からこのままではダメだと責められ、遂に今年の1月「スマホ」デビュー。まだまだ使い慣れてはいませんが、先日は初めてフードデリバリー・サービスで夕食の配達を頼みました。

風呂から上がり部屋着姿のまま、頼んでいた焼き鳥とハンバーグを受け取り、家にあったワインを開けてゆったりと食事をする。何かの用事で帰宅が遅れた際には、調理をしなくても家で食事が出来るのは助かる事でしょう。40年以上前、近所のラーメン屋さんから時々出前を取っていましたが、今の時代にフードデリバリー・サービスという形で分業化するとは思いもつきませんでした。

昭和50年代は岡持ち(オカモチ)を持って出前をしていましたが、今は揃いのユニフォームを着て、カッコいいデザインの専用バッグで料理を運びます。このサービスを使ってみて、当時の出前と、デリバリーサービスの一番の違いは、届ける人の笑顔でした。呼び鈴がなってドアを開けると、明るく爽やかな笑顔で料理を手渡され、自然に私の口から「ご苦労様でした!」と言葉が出て来ました。

新しいシステムを考え、それを言葉や習慣、法律が全く違う世界の各地で運用をする。各関係省庁への申請等は大変だったと思いますが、スタートして半年も経つと、大きなバッグを背負って自転車に乗っている光景は、日常に溶け込んで普通の事になって来たように思われます。

2021年 3月

昨年の春、家内がホームセンターで三千円台の格安テントを買った事から、我が家のキャンプが始まりました。春から9月末まで6回、場所は札幌近郊から、遠くは道東の屈斜路湖(クッシャロコ)まで行きました。

理由はもちろん楽しいからです。青空の下でゆっくりと飲むビールは格別ですし、日が沈み、焚き火と共に味わう食事とワインは、家のホットプレートで食べる焼肉とは全然違います。この為なら、テントや炊事用具、寝袋等を運び、翌日に撤収する手間も気になりません。

すると家内は、2月の連休で冬キャンプに行こうと言い出したのです。でも我が家のキャンプ装備では、翌朝には凍死でしょうと言うと、ニセコ・真狩村の「焚き火キャンプ場」は、灯油ストーブ付きのテントに、暖かい寝袋と毛布・枕がセットで、夕食と朝食付。食器類も無料貸出しで、3月までは一人9,000円弱だと言うのです。

僕らは職業柄、ワインとグラス、チーズとパンは持って行きましたが、何も持たずに身一つで行って、キャンプ体験が出来て、後片付けも不要でした。家内は冬も焚き火がしたいと言い出し、センターハウスで薪を一束(700円)買うと、焚き火台、マッチ、焚き付けを渡され、無事火も起こせて焚き火体験も出来ました。ただ、火に手をかざしても外は正直寒かった。

食事はテント内で食べます。夕食は雪見鍋で、スタッフの方がカセットコンロと鍋、食器類をテントまで持って来てくれます。持参したワインは、三笠・山崎ワイナリーのピノ・グリ2019年。ふくよかなコクと、爽やかな酸味が調和した味わいは、鶏肉と野菜のお鍋にピッタリでした。このお鍋に入っていた豆腐がとても美味しかったので聞くと、真狩豆腐工房の「すごい豆腐」という商品でした。

翌朝、うちのスタッフのお土産用に買いに行くと、湧水がガンガン出ている水汲み場の横にこの豆腐屋さんはありました。車にあった大、小、2本のペットボトルに湧水を汲んで飲むと、澄んだ味わいで確かに美味しい水。当然、この水を使って作られたお豆腐も美味しいわけです。

この水汲み場には車がどんどん来ていて、僕ら以外は皆さん大きなペットボトルを20~30本も汲んで車に積み込んでいました。また、今回のテント1泊プランには、近隣温泉のチケットも付いていたので、初めての京極温泉に1時間半ゆっくりと浸かり帰路に就きました。

では最後の結論、今回の冬テントを皆さんにお薦めするかどうか。実は同じ日、僕ら以外に二組の若いカップルも宿泊されていました。僕らは広さ7畳程の4人用テントでしたが、その二組はドームテントと言う宇宙ステーションの様な大きなテント。こちらは寝袋ではなく、テント内にはソファーやテーブルと共に、大きなダブルベッドが2台ドーンと設置されていました。中の様子は、まるでホテルのスィートルームの様なお部屋です。興味がある方は、真狩村の「焚き火キャンプ場」で検索してください。

冬に快適なのは温泉旅館でしょうが、非日常を体験したい方にはここの冬キャンプをお薦めします。冬の夜、ウイスキーやブランディをチビチビ味わいながら、焚き火を眺めるのがカッコいいと思う方にお薦めします。

2021 2月

1月の中旬、知人でイラストレーターの松本浦(ウラ)さんの個展に行ってきました。私が浦さんの絵と出合ったのは、朝日新聞の金曜夕刊に約4年連載されていた「さっぽろレトロ建物グラフティー」。この記事は札幌のお店紹介では第一人者とも言える、和田由美さんの愛着が感じられる建物の紹介文と、その横に写真ではなく、ほのぼのとした作風の浦さんによる建物のイラストが、まるで決まり物の様にセットになっていました。

その頃私は、金曜の夕刊が楽しみで「今日はどこが出ているのかなぁ~」と気になり、自然と足早になって帰宅した憶えがあります。札幌はお隣小樽の様に明治時代の石造りで豪華な建物は少なく、その多くが昭和の時代に建てられた街。さらに建て替えやビル化も早く、古い建物はどちらかと言えば表通りではなく、横町や中通りにひっそりと残っています。今ではチョット哀愁がにじみ出ている、そんな建物を目ざとく探し出したのがこの記事でした。

私が思うにこの街が大きく変わったのは、1972年札幌オリンピックの前後だと記憶しています。大きなスタジアム、地下鉄、高速道路、今まで東京にしかなかった物がどんどん出来て、八百屋さんや魚屋さん、肉屋さんがスーパー・マーケットに変わり、何でもかんでも古いものを捨てて新型にする事が当たり前と思われた時代でした。

そんな価値観が少しづつ変わって来たのは2000年以降でしょうか。和田さんと浦さんのコンビは、レトロなお店だけでなく、当時を思い出すような個人住宅と、両方でこの記事を作っていました。掲載された多くの店舗ではオーナーや業種が変わり、建物だけが昔の面影を残していることが多かったのですが、個人住宅では長い年月を経て旦那さんが亡くなり、子供さんが引き継いで今も暮らしている記事を読んでいると、何故か胸が熱くなりました。その家に生まれ、育った家族にとっては、家を捨てて快適なマンションに移り住むことは出来なかったのでしょう。

今回の個展は浦さんにとって初めての作品集で、出版発表も兼ねてのイベントでした。私はその場で1冊購入し、ワインショップフジヰ店内のカウンターに置いてあります。この本を何人かのお客様に紹介しましたが、札幌の方は皆さん見入ってしまいます。それと南区在住の方は、1ページと、2ページの絵で心を鷲掴みされたように固まります。真駒内付近の方にとって、エドウィン・ダン記念館は時計台の様な存在なのでしょう。

広い札幌、故郷と思える場所は人それぞれでしょうが、札幌生まれではない浦さんが見つける風景は、古き良き札幌へ時間を巻き戻してくれる力があります。

2021年 1月

今月はイベント販売のお話。

当社休業日の12月13日に、私と家内は二人で江別蔦屋(ツタヤ)書店のイベントコーナーで実演販売をして来ました。実演したのは、当社で2ヶ月ほど前から扱いを始めたENJO(エンヨー)社の製品です。私が家で食器を洗うのは週1回の休みの日ぐらいですが、毎日何度も洗う家内は洗剤と食器洗い用スポンジを色々試しています。洗剤は環境に優しい物を選んだりしているようですが、正直、私はそこまで関心はありませんでした。

そんな中で、家内が知人から勧められたのがこのENJO社のクロス類。まず驚いたのが、食器洗いも、風呂で体を洗うのも、女性のメイク落としも、全て洗剤を使わずに汚れを落とすのです。汚れはこのクロスの細かい繊維に付くことでキレイになり、クロスの汚れが溜まって来ると、安価な普通の石鹸でよく泡立てて洗う事で、汚れがリセットされるという原理なのです。

私はメイク落としの実感は分かりませんが、食器用クロスで家族分のグラスや食器を洗い、そのまま鍋やフライパンを洗い、更にガス台の吹きこぼれた所を拭くと、さすがにクロスはチョット油っぽくなります。そして、このクロスを石鹸で洗うと元通りになります。私は仕事柄、ワイングラスの汚れは気になりますが、洗剤を使わずに「キッチン・デュオ・クロス」で洗い、仕上げに「グラス・クロス」で吹き上げると、グラスは嬉しくなる程ピカピカになります。

蔦屋での実演中、男性には見向きもされませんでした。家内は「メイクや食器が、水だけでキレイになります!」と呼び掛けをしていると、時々「え、何、それ!」と興味を持った女性が寄って来ます。すかさず私が「洗剤を使わずに汚れを落とす原理はこちらをご覧ください」と言ってプリントをお見せします。写真には髪の毛の約100分の1という細さの糸が写っています。「このとても細い1本の糸は、約1000本の細かい繊維を寄り合わせています。この細かい無数の糸が毛穴に入って汚れを取ってくれるのです」と私が言って、家内が女性の手の甲にファンデーションと口紅を塗り、手の甲を「フェイス・デュオグローブ」で15回ほど優しく撫でます。すると、メイクが綺麗に取れてしまうのです。

女性は素直に驚く方と、「まだ残っているクレンジングと、洗顔用石鹸はどうするの!」と言う方に分かれました。あと、おばあちゃんが「肌の弱い孫が使ったら、肌が良くなるかい?」と言われて、洗顔用の「フェイス・デュオグローブ」を購入いただいた時に、私も「お孫さんの肌が良くなるように」と思わず心の中で祈ってしまいました。

12時から17時までの5時間でしたが、はじめての美容部員体験は勉強になりました。札幌のワインショップフジヰ店舗でも、家内がいる時はメイク落としの実演が出来ます。私もグラスの汚れ落としは出来ますので、ご興味がある方は、ぜひお問い合わせください。そして多くの方がENJO(エンヨー)社の製品を使うことで、大きく言うと地球のエコ活動になって行くと思います。

2020年 12月

今月は親バカのお話。

いつもは休日が合わない私と息子ですが、11月の休みが偶然重なり二人で朝から車のタイヤをスタッドレスに交換。二人だと1時間ちょっとで作業が終わり、その後は一緒に江別方面へ車で出かけました。息子は調理師の資格が取れる高校を今春卒業し、就職先は市内の某レストランです。今日は職場の仕入れ先である農家さんに行くと言うので私も同乗。息子が好きなイングランドのバンド「オアシス」を聞きながら親子でドライブ。この日は江別で3軒の農家を回りました。

息子は農家さんが出てくると、作柄や天候の事を話しながら職場で使う野菜を購入。私は野菜の事はわからないので横にいただけですが、3軒で10箱以上の野菜を購入し、私が車の荷台に積んでゆきます。家に居る時の私は、息子がすぐに風呂に入らないとか、電気をつけたままで寝ているとかが目に付いて、小言ばかり言ってしまいますが、この日息子の仕事ぶりを横で見ていると、農家さんと対等に話をしながら仕入れをしている様子は、まるで私がワイナリーに行っている時と変わりません。

その後は仕入れた野菜を職場に下ろしてやっと一息。私の父は小4の時に事故で亡くなった為、子供だった私が大人になった姿を父は知りません。自分の子供が成長し、働いている姿を見るというのはこんなに嬉しい事なんだと気付き、帰宅後、家内に「僕のとうちゃんには、この思いをさせられなかった」と話したら、「ちゃんと天国で見ているから大丈夫!」と言われて少し安心し床に就きました。

2020年 11月

今春、一人息子が就職して、私たち夫婦はキャンプを始めました。きっかけは家内が春頃、ホームセンターで3人用テントと焚き火台を共に3千円台で買って来た事から。理由は妻が子供の頃の風呂は五右衛門風呂で、毎日、薪で火を起こすのが当番だったそうです。そして今でも時々、ゆらゆらと燃える火を見たくなるのだとか。私は屋外だったら煙を気にせず、ジンギスカンを思う存分食べられるだけでOK。こうして二人の利害が一致し、寝袋は二つあったので、私と休日が合わない息子は抜きで出かけるようになりました。

今までも休日は、家で妻の手料理とワインがあれば十分幸せなのですが、二人でテントを張って火を起こした後、椅子に座って空や夕陽を見ながらグラスを傾けていると、何と言うか喜びとか満足感が全然違うのです。外が明るいうちは、ビール(正しくは第三のビールで、ホワイトベルグ)と、あられのひねり揚げ(オタル製菓の横綱)があれば、チープでも最高に幸せです。

そして日が暮れてくると、ジューという音と共に夕食が始まりワインの登場です。私が屋外で食べたいお肉は、風味豊かな羊。理想はフレンチ・ラムラックと呼ばれるあばら骨付きの部位が最高ですが、無ければ生ラムを厚め(できれば厚さ8ミリ程)にカットしてくれる肉屋さん(私のお薦めは塩原精肉店)を探してください。

一般に成熟した羊肉は風味が強く、ボルドー地方産の赤ワインか、カリフォルニア等のフルボディ・タイプの赤が合いますが、子羊だと風味も穏やかなのでピノ・ノワール種の赤でも楽しめます。こうして厚切りの羊肉とワインを用意して、自然の中で焚き火を見ながらゆっくり楽しんでいると、私の感覚ですが美味しさは2倍近くになる気がします。

ただキャンプは初心者なので、不備な面は多々あります。枕は家から持参した方が熟睡できるとか、夜に使うライトをぶら下げる方法とか、実際にやってみて初めて気が付くことばかり。でもキャンプはとても楽しくて、気付いた問題点は次回に改良すれば良いのです。キャンプ場で周りをを見回すと、テントは有名メーカーの豪華な物ばかりで、うちの様な3千円台のテントはいませんが、今の所は何も問題は無かったです。

興味のある方は来年に向けて、ご家族で、ご夫婦で、あるいは今流行りのソロキャンプ(お一人様)でも、一度トライしてみてはいかがでしょうか。

2020年 10月

今春、一人息子が就職した為に、休日は夫婦だけで出かけることが増えました。

こうして9月の休日、家内と二人でモエレ沼公園に行って来ました。前回ここに来たのは、まだ子供が小さかった10年以上前。その時、私たちの目は子供しか見ていなかったのでしょう。改めてゆっくりと公園を眺めると、全体で100ヘクタール以上という規模以上に設計者イサム・ノグチ氏の才能と、その遺志を受け継ぎ20年以上かけて公園を整備、発展させて来た札幌市のエネルギーに圧倒されました。前回来た時もモエレ山や、ガラスのピラミッドはありましたが、今思うに眺めていただけだったのでしょう。

今回、山を登ったり公園内を散策していると、大きな神の手のひらの中で、私はもてあそばれているような気持ちになりました。公園内の山も、木も、土も水も自然の物ですが、植物が一糸乱れずに並んでいる様は雑木林とは異なり、私の脳裏にはエジプトのピラミッドが思い浮かびました。更に十数年前には無かった施設が幾つか増えており、多分、長期的な計画で今も完成に向けて工事が続いているのでしょう。自宅へ運転中、札幌の市民税は有意義に使われているなぁと嬉しい気持ちになりました。

さて夕方になり公園を出て三角点通りから家に向かうと、見知らぬスーパーを発見して入店します。ここ「スーパー・マルコ」は入口から活気があり、私はワクワクしながら奥に進みます。そして見つけたのは生きの良いイワシが12匹以上入って98円! 前の晩に赤ワインを買っているので今夜はお肉と思っていましたが、今日はイワシのトマト煮込みにしませんかと私から提案。始め家内は魚の下処理の数の多さに難色を示しましたが、代替のメニューが思い浮かばずイワシを購入。

夕食は安価な南イタリアの赤、サリーチェ・サレンティーノ・リゼルバ2014年と、家内が作った、イワシのトマト煮を美味しくいただきました。皆さんもモエレ沼公園で雄大なイサム・ノグチ・ワールドを体験していただき、帰りにスーパーマルコでお買い物のドライブコースはいかがでしょうか。

そしてモエレ沼が気に入った方には、美唄のアルテピアッツァをお薦めします。こちらは山の裾野で高低差のある敷地の中、廃校になった木造の小学校を利用し、安田侃(ヤスダ・カン)氏の作品と自然とが調和した素晴らしい公園の美術館です。

2020年 9月

例年の夏休みは妻の実家の東京に行くのですが、今年はコロナで帰省できず道東旅行に行きました。そして酒関係で道東と言えば、厚岸(アッケシ)のウイス キー蒸溜所。今年はここに行って来ました。厚岸と言えばカキですが、私にとってはウイスキーの厚岸蒸溜所。通常ここの蒸溜所見学は、厚岸の道の駅とレストランが入る公共施設「コンキリエ」が窓口となって行っていますが、コロナの影響で中止のまま。そこで酒小売店の特権を使ってお願いをして、今回は例外的に見学を許されました。

当日は約束の時間より早めに厚岸に着き、前述のコンキリエ内の炭焼きの店で昼食。そこはお店の入口にある水槽や冷蔵ケースの中から魚介類を選び、会計を済まして店内のテーブルに着き、セットされた炭焼き台で自分で焼いて食べるスタイル。通常のカキは炭火で焼き、地元でも貴重なカキの「カキえもん」は生でいただきました。

こうして腹ごしらえを終えて、昼から蒸溜所に向かいます。実は今回、見学は認められましたが、コロナの影響で蒸溜器のある建物は外のバルコニーから窓越しの見学しか出来ませんでした。まずは事務所に入り、製造担当課長の田中さんより説明を受けます。この蒸溜所のスタートは、ここを運営する堅展実業(ケンテンジツギョウ)の社長さんがウイスキー好きであったこと。そしてウイスキーの中でも特に個性の強い、スコットランド・アイラ島産のモルト・ウイスキーを目標に計画が始まりました。目標が明確だったので、日本の中でアイラ島の特徴である3つの特性(冷涼で湿潤な気候、スモーキーな香りの元となる泥炭(デイタン)層と豊かな水源、カキの産地)を持つ土地を探しをして行くと、 必然的に厚岸に決まったそうです。

ウイスキー製造を始めた「堅展実業」は、日本の食品製造会社に様々な原材料を輸入販売しています。厚岸蒸溜所の所長である立崎氏は、元々大手乳業メーカーで管理職を務めており、その取引業務で堅展実業の樋田(トイタ)社長と出会いました。そこで才能と情熱を合わせ持った立崎氏に、樋田社長は自身の夢であるウイスキー製造の話をして、もし現実となったら手を貸して欲しいと依頼します。

しかしプロジェクトが動き出すと、50歳目前で大企業の管理職という立場、東京から最北の地への単身赴任もあって、一旦は依頼を断ったそうです。しかしゼロから蒸溜所を建てて、ウイスキーまで仕上げるような壮大な仕事のロマンを思うと心は次第に傾き始め、最終的には家族も理解を示して転職を決めたそうです。

さて、日本の基準ではウイスキーに樽熟成期間の規定はない為、蒸溜後の樽熟成が1年未満でもウイスキーを名乗れますが、本場スコットランドでは3年以上の樽熟成が必要です。厚岸では自主基準で本国と同様の3年以上の樽熟を経て発売の予定でしたが、地元の方々だけでなく多くのウイスキーファンより、途中経過の製品でも味わってみたいという声が高まりました。そこでウイスキーと名乗らずに「厚岸ニュー・ボーン」という名で、No.1から4まで仕込みや樽材を変えた若い原酒を随時発売した所、大変な人気となり欧米のウイスキー専門誌でも90点オーバーの評価を受けました。

そして2020年2月に3年以上樽熟成を行った、厚岸初のウイスキー規格が「サロルンカムイ(アイヌ語でタンチョウ鶴)」という名で発売されました。この複雑で力強く、厚みのある味わいは非の打ちどころが無く、サンフランシスコのワールドスピリッツ・コンペティションで最高金賞受賞もうなずけます。

しかし当社への割り当ては僅かで販売は出来ず、現在は店内の立ち飲みカウンターで試飲のみの形です。当社の屋号はワインショップなので、ウイスキーにそこまで力を注がなくてもいいのではとも考えますが、同じ北海道でゼロから始めた造り手を少しでも応援したいのと、旅行で来たお客様からの要望もあって続けています。

堅展実業の社長さんが、ウイスキーを味わい感動したことからこの事業が始まりました。当社で味わい感動した方が、ニッカさん、厚岸さんの次の蒸溜所を作るかもしれないと思いながら、私は毎日仕事を続けています。

2020年 8月

7月、私は積丹に行って来ました。

皆さん、この時期はウニ丼目当てと思うでしょう。確かにウニは欲望の片隅にはありましたが、1番の目的は積丹スピリットの蒸留所見学です。この会社は蒸留器を持ってスピリッツ(高アルコールの蒸留酒)を造っていますが、このお酒に風味付けをする為のボタニカル(木の実や、ハーブ類)の多くを自社畑で栽培しているのです。

通常ジンの蒸留所では、高アルコール原酒に購入したボタニカルを数種類入れ、それを蒸留してジンを造ります。しかしここでは、まず自社農場のボタニカル・ガーデンを拓き、4年間かけてハーブ類を自社栽培と乾燥や熟成をさせて、5年目の今年に蒸留器を設置して酒造りを始めました。例えて言うならカレーを作るのに、クミンを始めとする香辛料の元となる薬草類を育て、その葉や実を乾燥して、香辛料を作ってから、カレーを作り始めるような事です。

さらに通常のジンでは、ジュニパーベリー(西洋ねず)の実を主体(7~8割程)に、更に10種類ほどのボタニカル類を加えたミックス・ハーブを作り、アルコール原酒に入れて風味を付けてから蒸留します。しかしここ積丹では、輸入に頼るジュニパーベリー以外で、味わいの鍵となる地元のボタニカル(赤エゾ松の新芽、オオバコロモジ、キハダの実、エゾヤマモモ、他)を、その各品種に適した方法で個別に蒸留し、単一ボタニカルのジンを7種(試験蒸留では20種類を製造済)造ります。その単一品種のジンを、ジュニパーベリー主体のジンにブレンドする方法で製品を造ります。

分かりやすく言うと、全部のハーブをごった煮にせずに、各ハーブのエッセンスを作り、それを香水のブレンダーと同じ手法でお酒に仕上げるのです。こうして出来た積丹ジン「火の帆(ホノホ)・KIBOU(キボウ)」を味わった時、私はジンというカテゴリーを超えた、全く新しいお酒の誕生を感じました。フランスかぶれ的に言うと、命の水「オー・ド・ヴィー」か、森の精「エスプリ・ド・ラ・フォレ」といった感じでしょうか。

「急がば回れ」と言う言葉は知っていても、実際には中々出来ない現実の中で、こうして手間と時間をかけて造られたお酒には凄まじい力を感じました。さて、虫に刺されながらハーブ農園を見学し、試飲を終えて蒸留所を後にした私と家内は、10年以上前に宿泊した「なごみの宿いい田」さんに向かいました。

積丹スピリットの社長さんに近所でお薦めの宿を伺うと、「いい田」を紹介されたので今回も予約を入れました。

あとはお風呂に入って、ごはんを食べるだけ。ここは民宿的な宿ですが、料理が凄いのです。ススキノの和食店で修業された息子さんが作る魚介のコース料理、そして2色のウニはその甘さと美味しさに私と妻はしばし無言で食べ続けました。事前にワインの持ち込みをお願いして、持ち込み料を払い、グラスも持参しました。

持参したワインは白がドイツのリースリング種のトロッケン(辛口)タイプと、赤は少し熟成したカリフォルニアのピノ・ノワール種。始めはこの料理には白が合うとか、赤の方が、、と話していましたが、正直、ウニが出て来た後の事はあまり覚えていません。

とにかく今の積丹には、私の心を狂わす物がありました。時期は限られますがウニ。そして、おばあちゃん家に泊まった様なしつらえと、素晴らしい食事の「いい田」。更に、新しい積丹産のジンは9月末頃には当社に再入荷する予定です。

私が命の水「オー・ド・ヴィー」と感じた、強烈で風味豊かなスピリッツを味わってみませんか。

2020年 7月

今月は音楽の話。

私は流行りの音楽を聴くのが大好き。中学の頃に流行っていたフォーク・ミュージックから始まり、ロック、ブルース、ソウル、ジャズと、節操なくカッコいいと思うものを聞いて来ました。

そして今の私のお気に入りは「クオシモード」と、「インディゴ・ジャム・ユニット」で、共に今は解散した日本人のジャズ・ユニットです。2つのグループは共にメンバーは4名で、ピアノ、ベース、ドラム、パーカッションという構成。特にインディゴの方は、この4人が自身の楽器で戦うように、他のメンバーと応戦を繰り広げ、もう一方のクオシモードはバトルをしながら、メロディも重視といった所でしょうか。

それでもこの2グループ一番の見せ場は、ドラムとパーカッション二人の打楽器による応戦です。ただ、誰もがこの音をカッコいいとは思わないようで、家内と二人でドライブ中に私がこの2グループのCDをかけていると、「聞いていると、何か急かされているような気持ちになるので、止めて!」と言われてしまいます。

こう考えると家内とは映画の趣味も、音楽も、食べ物も、突き詰めると全ての好みは違っていますが、今のところは夫婦を続けています。子が「かすがい」なのでしょうが、息子は息子で映画はあまり好きではなく、音楽の趣味も全然違います。

でも考えてみたら私の両親も全く好みは別でしたから、何とか妥協点を探りながらでも一緒に暮らすのが家族なのかもしれません。無理して合わせようとはせずに、お互いの個性を尊重しながら家族を続けて行く事こそ、平和の第一歩かなと思います。

2020年 6月

今月は息子と車のお話。

39歳でやっと結婚が出来、42歳で息子が生まれた晩熟の私(笑)。その息子も18歳になり、遂に車の免許を取りました。今、私の車は初期型の古い日産ノートでオートマですが、前の車は「おフランス」製のポンコツ・マニュアル車。「男ならマニュアルだ!」という親父のたわ言を聞いてくれ、試験場がコロナ閉鎖になる目前で免許を取りました。

例えば自動車保険。今まで事故もなく、車も古い為に安かったのですが、30歳以上の条件から、18歳でも保証する「年齢制限無し」になると、保険料は2倍以上! そして車の前後には、初々しい若葉のマークが付きました。

さて私にとって最初の車は、1980年頃会社で買ったスズキ・アルトで、価格は最安値の全国一律47万円。当時、フジヰは地下街ポールタウンにあり、店頭販売だけの酒屋でした。その頃、軽自動車の価格は60万円以上でしたので、フジヰが配達用に買える車はアルトだけ。ペナペナなトタン板で作ったような車体は550kgと軽く、2サイクル3気筒のエンジンは550CCでしたが低回転からスムーズに吹け上がり、板バネでリジット・サスペンションのリアがピョンピョンと跳ねながら走っていました。

話は戻って息子の話。運転はビュンビュン飛ばす私と違い、息子は静かでスムーズなスタイル。私が助手席でツベコベ言っても、マイペースで運転しています。

今乗っているノートは2005年車ですが、ワインを扱っていると感覚がズレて05年産はそろそろ飲み頃と思って、私はまだまだ乗るつもり。息子の車の好みは分かりませんが、私は61歳になっても二人乗りのスポーツカーに憧れる永遠の車少年です。

2020年 5月

今月は何を書こうか?

毎月の締め切りが近づくと、私の頭の隅にはその思いが潜んでいます。ただ今月は、「コロナの事だけは書きたくない!」という気持ちが大きくなって来ました。

今までの我が家では、息子がつけなければテレビは消えていて、1日に1度もテレビを見ずに過ごす事がよくありました。でも今日の感染者は何人か? ダイヤモンド・プリンセス号は? 東京オリンピックは? 志村けんが、と毎日、毎日、新たなニュースが入ってくると、NHKニュースから他局のニュースへと、どんどんチャンネルを変えて見入ってしまいます。そんな状態が1ヶ月以上も続いたせいで、今うちのテレビはずっと点きっぱなしです。家でも、職場でも気を使い、手洗い、マスク、外出は三密を避けて行動していますから、もうテレビのニュースは止めて、翌朝の新聞でいいんじゃないかという気になってきました。

もちろんテレビが悪いのではなく、ウィルスや病気が敵であって、役所や医療機関の方は戦い続けています。でもせめて仕事を終えて家にいる時は、コロナのニュースは止めて、好きな映画を観たり音楽を聴いたり、ちょっと美味しいものを食べたりして、これから私はリラックスしたいと思います。そして翌朝から、また仕事と共にコロナと戦いましょう。このメリハリがあれば、長期戦になっても頑張り続けることが出来そうな気がします。

敵の脅威には、恐れるだけでは勝てません。緊急事態の中でも喜びを見つけて、それをご褒美に一日一日乗り切って行きたいと思います。あ、やっぱりコロナの話になってしまいましたね。(笑)

2020年 4月

今月は当然ウィルスのお話。

世界中の人間を不安に駆り立てる事が、これほど容易に出来るとは驚きでした。中国で新型コロナウィルスによる肺炎が増え、同じ症状の患者が韓国と日本でも見つかる。間もなく欧米へも飛び火が始まる。

日本では手洗い、マスク、外出を控える等の呼びかけに、多くの市民が直ぐに対応した事の結果でしょう。日本人はお上からの通達に、一致団結するスピードが速く、今回はそのお陰で、発症地に近かったのに、患者数の増加が比較的緩やかだったのかもしれません。ニュースで諸外国の患者数の増加を毎日見ていると、なかなかヤルナ日本人と思ってしまいました。

しかし、これは我々日本人には絶対出来ないというニュースを見てしまいました。患者が急増したイタリアで、自宅待機をしていた市民が、バルコニーや窓から国歌などの歌を歌い始めたのです。1軒が始めると、アパートやマンションの窓がどんどん開き、家族が集まって歌い始めます。ベランダに立ったお母さんは、台所から持って来たフライパンとナベ蓋をぶつけて伴奏をしていました。私も築38年のマンション(約200世帯弱)に住んでいますが、自分から窓を開けて歌おうなんて思いもしません。

更にこの歌声はお隣フランスにも飛び火したそうで、夜になると最前線にいる医療関係者に感謝をしようと、アパートの窓から歌やエールを送り始めました。同じ状況下でも国民性の違いをまざまざと見せつけられた思いです。

仕事より日々人生を楽しむことを大切にする。食べて、歌って、毎日の生活を楽しむのが人生のすべて、こんな国民性の人々がワインを造ると、理論を越えた味わいが生まれるのかもしれません。