我が家はテレビをあまり見ないせいか、今年の春まで録画はビデオテープでした。
しかし今年の秋にスタートするNHK朝の連続テレビ小説「マッサン」は、
ニッカウィスキーの創業者・竹鶴氏とスコットランド人の妻リタさんのドラマと知り
ハードディスク・レコーダーを購入、番組に備えました。
私が酒屋の仕事を始めた30年前でも、竹鶴氏の功績は「日本ウィスキーの父」として有名でした。
何度か余市工場に行き、石造りの重厚な正門をくぐると、お酒が好きな方は
タイムマシーンに乗って100年前のスコットランドに行った気分になります。
普通、工場といえば四角いコンクリートの建物ですが、
竹鶴氏は醸造設備だけではなく、建物も全て当時のスコットランド風にしたのでしょう。
例えて言うならば今から80年前、余市の駅から200m程の場所に、
ウィスキーのディズニーランドを造ったようなものです。
20~30年前は当店でも国産ウィスキーの販売量が多く、勉強の為に余市工場に行き話を聞くのが楽しみでした。
ある時、余市工場の次長さんが応対してくれた際に、興味深い話を聞きました。
その方は余市生まれで、ニッカに入社しました。
第二次大戦中はまだ子供で、金髪で青い目の外人のリタさんを見るだけで驚きでした。
また竹鶴氏はリタさんと外出する際は必ず手をつないで歩いていましたが、当時の日本の風習では驚きだったそうです。
しかも戦時中は日本と英国とが敵対関係だったので、お二人が外出する時は
必ず憲兵さんが前と後ろに一人ずつ銃を持って同行し、スパイ活動を監視していたそうです。
憲兵さん、竹鶴夫妻、憲兵さん、その後ろを少し離れて、余市の子供たちが
面白がって金魚のフンのようについて歩いていたと笑いながら話してくれました。
また、ウィスキーの本場スコットランドで蒸留釜の加熱は、今や殆どがボイラーに代わってしまいましたが、
余市工場では80年前と同じく、今も人がスコップを使って石炭をくべて(燃やす)います。
別の機会に余市工場の工場長さんからお話を伺った際、その方が応接室の窓から遠くを見ていて
「煙突の煙を見ただけで、今日の火番は誰かがわかるのですよ」と言っていました。
大量に石炭をくべて休憩する者と、コツコツとくべる者とは煙の出方がまるで違うそうです。
皆さまも機会がありましたら、今も現役で活躍しているニッカ余市工場を訪ねてみませんか。
運が良ければ、石炭の直火焚きによる蒸留作業と、煙突からの煙も見られるでしょう。
さて、今月のお薦めワインです。
今月の国産ワインは、北海道だけでなく本州からも入荷がございました。
まずは道内から鶴沼ワイナリーの12年産ピノ・ブラン種。11年産まではドイツ語の
ヴァイス・ブルグンダーでしたが、この年から一般的なフランス語表記になりました。
暑かった12年産らしく、例年より果実味がふくよかで完熟感が楽しめます。
山形県からはタケダ・ワイナリーの蔵王スター赤、白。
昔、日本酒の蔵元の実力を知るには、安価な二級酒の味を見るのが近道と言われていました。
低コストの中で、地元のお父さん達が喜ぶ味わいを造る難しさを評価する事です。
ここの蔵王スターは、最安価で最も販売量が多い商品。
県内からの購入葡萄で仕込んだ味わいは、クリーンな果実味と酸、タンニンのバランスが良いスタイル。
搬入された葡萄をしっかり選別し、その年の状態に合わせた醸造を行うことで、
地元、山形県民の日常酒になったのだと感じました。
長野県からはワイン通に評価の高い小布施ワイナリー。
今、北海道・余市でピノ・ノワール種の頂点に立つ曽我貴彦氏の実家です。
ここでは兄の曽我彰彦氏が、渾身の思いで過酷な農作業と醸造を実践しています。
今回選んだ3点のワインは、自社畑の葡萄によく知る2軒の農家さんの葡萄をブレンドした物ですが、
凝縮感と複雑さは彰彦氏の強烈な個性から滲み出た味わいだと思います。
今年の夏、長野に伺い炎天下の畑の中で、何時間でも栽培への思いを語る彰彦氏を見て、
ここのワインは「鶴の恩返し」と同様に自身の命を削ってワインを造っているように思えてきました。
私の勝手な思いですが、小布施ワイナリーは噛みしめる様に味わっていただきたいと願っています。
そして山梨県からは、グレイス・ワイナリーの甲州種の白。
前述した曽我氏のワインがビン、ビンと来るタイプだとすれば、
三澤家が造るこの甲州の白はとてもバランスが良くスーッと飲み込んでしまう味わい。
しかし再度舌の上にこの白をのせてゆっくり味わってみると、華やかに広がる果実味が純粋で雑味がなく、
これは涼しい顔をしているが厳しい選別と鍛錬によって出来上がった味わいであることが感じて頂けると思います。
仏ボルドー地方からはサン・ジュリアン村の名門シャトー・ラグランジュのセカンド・ワイン、レ・フィエフ・ド・ラグランジュ10年。
作柄の良かった10年産ですと相場は4000円ぐらいしますので、3割ほどはお得だと思います。
完熟した果実味と、きめ細かでたっぷりのタンニンは瑞々しく、今でも美味しく味わえます。
ボルドーの旨安赤はシャトー・ラ・ローズ・モントーラン12年。
この価格でそこそこの果実味と、木樽の風味が楽しめるのは驚きです。皆さんもぜひ一度お試しください。
今お薦めしたモントーランは12年産。
でもボルドーは少し熟成したほうが、、と思う方には、シャトー・ムーラン・デ・リシャール08年。
6年を経て少しインパクト感は落ち着き始めましたが、果実味とタンニンが調和してきています。
安価で熟成したボルドーなんて都合のいいワインは普通あり得ませんが、この赤はまさにそんな味わいです。
今月の仏ブルゴーニュ地方は、少し熟成した物が値上がり前の特別価格で数点入荷しました。
今発売している12年産よりは価格が3~4割お安く、
今でも十分美味しいですが、数年後は更なる喜びが期待できます。
まずは各種お試し頂き、気に入った物を1箱でも買われて取って置くと、抜栓が楽しみになることでしょう。
白で有名なアルベール・グリヴォーが造るポマール村クロ・ブラン畑の赤10年。
作柄の良かった年だけに、ポマール村らしい果実味とタンニンが詰まった味わいが楽しめて、この価格はあり得ません。
ポマール村の女性醸造家アレット・ジラルダンが造る、ボーヌ村の1級畑クロ・デ・ムーシュ08年。
この畑はポマール村に接する区画だけに、ボーヌ村のチャーミングさとポマール村の強さの両方の良さが楽しめます。
6年を経て少し熟成香が開き始めました。食事と共に時間をかけて、1本をゆっくりと味わいたいピノです。
ジヴリ村のジョブロの1級畑グラン・マロル10年。
干した果実の風味と木樽の風味がたっぷり楽しめます。
こなれた味わいがお好みの方には、同じ生産者の白でセルヴォワジーヌ畑の05年産もございます。
人気のジュヴレ・シャンベルタン村で、古木を大切に栽培しているドゥニ・バシュレの07年。
この村名ワインの平均樹齢は80年。
派手さはありませんが、ミディアムでも果実味と細かなタンニンとが詰まっている印象です。
ヴォルネ村の頂点にいるプスドールがサントネ村の1級クロ・タヴァンヌ畑の葡萄で造る赤09年。
サントネ村の力強さを、ヴォルネ村の上品さがきれいに包み込んでいます。
ヴォルネ村で古くからビオディナミ栽培(有機栽培)を実践しているミッシェル・ラファルジュのヴォルネ村で09年。
自然酵母とノンフィルターの醸造は、大きめのオリがたっぷり残っています。
味わいはインパクト系ではなく薄旨系ですが、時間と共に果実味の中から旨みとタンニンが湧き上がって来ます。
お値打ち品では、ティエリー・モルテが造るパストゥグラン10年。
ガメイ種60%ですからピノ以外の味わいもありますが、
ジュヴレ・シャンベルタン村を思わせる複雑なタンニンが心地良く広がります。
他の産地では南仏フローランのコート・デュ・ローヌ・ヴィラージュ12年。
有機栽培の南仏赤だけに薄旨系の澄んだ果実味と、スパイス感がきれいに調和しています。
濃度勝負のタイプではありませんが、食事と共にゆっくりと味わって頂くと、品の良さが感じられると思います。
これはお値打ちです。
サンセール村のリフォー家の白で11年産。
ここもビオディナミ栽培を実践。自然酵母で発酵後、乳酸発酵まで行います。
一般のサンセールは華やかな柑橘の香りと、爽やかな酸味が特色ですが、
ここの白は旨みと複雑さを持った独自の味わいで、飲み手を唸らせてくれます。
南仏ルーション地区ミラボーの赤12年。
チェリー・シロップの香り、シラー種からの果実味に酸、タンニンが合わさり、メリハリのあるキュートなスタイル。
お手頃価格ですが、丁寧な仕事を感じさせる良質な赤です。
イタリアからはアルト・アディジェ州ギルランのゲヴュルツ種とソーヴィニヨン種。
安いワインではありませんが、澄んだ果実味と、酸味、ミネラル感とが凝縮した液体が、
舌の上で幾重にも開き始め、飲み込むのをためらってしまいます。
オーストリアに接するチロル地方は、一般的なラテンの国イタリアとは違う感性を持っているのでしょう。
カリフォルニアからはパソ・ロブルス地区のキャッスル・ロックが造るカベルネ・ソーヴィニヨン種11年。
暑い産地にありがちな濃くて甘いシンプルな果実味ではなく、
完熟感と涼しい酸とタンニンが交互に現れ、飲み手を飽きさせません。この価格も良心的と思えました。
アルゼンチンから、ノートン社のマルベック種のレゼルヴァ11年。
樹齢80年以上の古木からのワインは凝縮した味わいと複雑さを持っています。
この価格でこの濃度は、新世界だからこそ出せる味わいでしょう。