今月はワイン好きな方でしたらよくご存じのヴィンテージ・チャートのお話。
特にヨーロッパのワイン産地では、毎年の天候によってワインの味わいは大きく異なります。
好天が続き葡萄が完熟した年には豊かで凝縮したワインが出来、
雨が多く涼しい夏の年は小粒で繊細なスタイルのワインに仕上がります。
そこで各産地ごとに毎年の作柄を数値化して、表にしたものがヴィンテージ・チャートと呼ばれます。
さて近年、北海道産ワインが注目されています。
私も毎年のように葡萄収穫のボランティアに行きますが、作柄は毎年大きく異なります。
思い出すのは、北海道が本州並に暑かった2012年の夏。
この年はとにかく暑くて、夏の初め頃の農家さんは揃って「今年は最高だった08年を超えるだろう」と喜んでいました。
しかしその後も好天は続きましたが気温の割に果汁糖度が上がらず、
農家さん達も「何故こんなに暑いのに糖度が上がらない!」と不思議がっていた年。
その後に聞いた話では、昼も夜も暑いと植物は今は夏と思って、
1センチでも余計に背を伸ばし、葉を一枚でも多くして太陽エネルギーを取り込みます。
そして朝夕の気温が下がってくると、植物は秋になったことを察知します。
すると植物は木の成長に使っていたエネルギーを止め、冬に備えて子孫を残す為に種や実にエネルギーを投入するそうです。
12年は9月まで暑い夏で、10月になると急に冷え込んだせいで秋を飛び越えて冬になりました。
実と種が熟する秋が無かったせいで、好天が続いたのに糖度が上がらず、黒葡萄の色づきも弱かったのです。
翌年13年は12年ほど暑くは無く、朝夕が涼しく昼は気温が上がる典型的な北国の夏でした。
その為に糖度もそこそこ上がり、甘さと北国特有の酸味が両立した葡萄からメリハリのあるワインが生まれました。
また、天候とは別に道内の生産者さんの多くが、ここ数年間で栽培や醸造の技術をぐんぐん上げています。
そうした中で14年の作柄は大変良かったそうです。
毎年、生産者さんから聞く作柄の話を何かに使えないかと考え、思いついたのがヴィンテージ・チャート。
丁度年明けで当社の住所と地図を載せた「ショップ・カード」が切れた為、
カードの裏側にフランス各地の産地と共に北海道の作柄も載せたヴィンテージ・チャートを作りました。
カードは当社の店舗でレジの前に置いてありますので、気になる方はお越しください。
もちろん無料で差し上げています。
最後に、私たちワイン屋がこのチャートを見て思うのは、涼しく難しい年に良質なワインを造る生産者です。
恵まれた年には誰もが太陽の恩恵を受けますが、厳しい年に目立つのが造り手の技量です。
毎年の天候が異なり、造り手の個性が合わさって、ワインの味わいに無限の多様性がうまれるのです。
さて今月のお薦めワインです。
まずは北海道から、タキザワ・ワイナリーのナイヤガラ・スパークリングで、野生酵母仕込14年。
華やかなマスカット香が特徴のこの品種ですが、この香りで合わせる料理が限定されるのもまた事実。
二次発酵も自然酵母で行ったこのワインは、
前述のマスカット香が穏やかでとてもバランス良くまとまった辛口タイプになりました。
次は、ふらのワインのミュラートゥルガウ14年と、羆(ヒグマ)の晩酌(バンシャク)13年。
ここの特徴は安定した良質さ。
赤、白共にイメージする品質と味わいを守りながら、更に美味しさと楽しさを合わせ持っています。
そして行政の富良野市が運営している為に良心的な値付けになっています。
余市からは田崎農園産ツバイゲルトレーベで造られた赤13年。
実はある席でこの12年と13年を比較試飲する機会がありました。
北海道の12年は暑すぎた為に黒葡萄にとっては難しい年で、色が淡く繊細な味わいになりました。
しかし田崎農園の12年産は、旨み成分が合わさり痩せた感じがありません。
そしてこの13年産は深い色調と豊かな風味を持っている為、熟成させてから楽しみたいと思わせる強さがあります。
そして山梨からシャトー酒折の甲州ドライ14年。
この低価格で甲州種からバランスの良い白を仕上げているのは驚きです。
フルーティな果実感と、余韻に品種特有の「にが旨み」が味わいを引き締めています。
次はフランス・ボルドーから、サン・テステフ村のシャトー・ファジェ09年。
ボルドーの名門リュルトン家のシャトーで村名付き、しかも最高の09年産ですと今時3000円以上はします。
もう数年の熟成を待てない時は、デキャンタか、エアレーションする事でタンニンがこなれて楽しむ事が出来るでしょう。
次は白、ペサック・レオニャン村シャトー・ド・フューザル03年。
実はまだ未試飲ですが、収穫年と価格でお薦めしちゃいます。
ここの品種はセミヨン種50%、ソーヴィニヨン種50%ですが、
熟成が10年を超えてくると、セミヨン種の味わいがムクムクと伸びてきます。
果実感ではなく、蜂蜜と脱脂していない羊毛の香りとスモークが混じり始めるのです。
お手頃ボルドーでは、シャトー・ド・フランと、シャトー・ラ・ローズ・モントーラン。
大人気のド・フランは最高の10年産で、凝縮した果実味とスモーキーな樽香で、誰もが大好きなスタイル。
一方、モントーランは08年の青さが7年を経てこなれ、
キノコや森の下草等の熟成香と共に飲み頃の旨みが開いてきました。
ブルゴーニュからはピエール・ブーズローの赤でヴォルネ・サントノ95年。
これには驚きました。造り手も畑も悪くは無いですが、20年の熟成によって大化けしたピノ・ノワール。
とにかくこの熟成香は、赤い果実と樽が混じり合っただけとは思えない程の複雑さと豊さがあり、
グラスから香りがどんどん広がります。
95年産ですから一瓶、一瓶の味の差はあるでしょうが、今月、驚きの1本です。
熟成した白では共に7年を経た08年産。
テヴネ家のボンクラン・マコンは、蜂蜜と柑橘の香りが広がり、
凝縮した果実味をアルコールが引き締めたスケール感のある味わい。
一方、カイヨのブルゴーニュ白は畑の良さが出ています。
畑はムルソー村にありますが、ワインのACムルソーを名乗れる境界線がこのレ・ゼルブー畑の手前で区切られました。
まさにムルソーに接した畑ですから、ラベルを見なければ味は正しくムルソー村の08年産です。
そして今ブルゴーニュで最も高騰しているのがシャブリ村。
この村で質、量、共に安定しているシャブリジェンヌが造る村名付きと、一級モン・ド・ミリュー畑。
共にしっかりとした果実感とミネラル感で、大変良く出来た白です。
特に1級畑は、相場よりかなりお値打ちな価格だと思います。
南仏からはサンタ・デュックのローヌ09年。
普通、今時期は12年、13年産が入荷しているのに、
作柄の良かった09年産というだけで嬉しいじゃないですか。
たっぷりとした果実味とアルコール感が6年を経て調和してきました。
当然、パーカー氏も90点評価で、更なる熟成にも十分の資質を持っています。
次はは自然派ワイン。南仏サンシニアン村のスーリエは
有機栽培を実践し、醸造も自然に任せて酸化防止剤もおまじない程度しか使いません。
その為に抜栓後はアニマル系の「還元香」を感じますが、
味わいは澄んだ果実味と細かなタンニンがきれいに調和しています。
手間のかかる有機栽培と自然派醸造の赤で、この価格は絶対にありえません。
自然派ワインの入門に最適な1本だと思います。
白ではサンセール村のブルジョワ家が造る白。
ここがサンセール村のソーヴィニヨン葡萄で造る白は3000円を楽に超えてしまいます。
でもソーヴィニヨン種の白葡萄は、この村の外側でも栽培されています。
土壌や諸条件が近い区画を探し造ったのがこのワイン。
お安くても味わいは限りなくサンセール村の白に近い、反則技のような白です。
今月はフルボディの赤で知られるマディラン地区で良い物が集まりました。
まずはシャトー・ラフィット・テストンの09年。
6年を経てタナ種のタンニンがこなれ始め、飲み頃の美味しさが素直に楽しめます。
次はこの地で最高の生産者アラン・ブリュモン氏が所有する2シャトーで、ブースカッセが08年、モンチュスは07年。
共に熟成はまだ始まったばかりですが、旨味も開き始めています。
今でも美味しく、更に数年の熟成も十分可能な濃さ強さを持っています。
最後は新進気鋭の生産者が造るマディランの赤。
まだ若く強烈ですが、キメ細かで緻密なタンニンが果実味に溶け込み、今でも楽しめる美味しさを持っています。
将来、ここが新しいマディランのスタイルになるかもしれないような、まばゆいほどの魅力をぜひ一度お試しください。
イタリアからはリヴァ・レオーネのバローロ10年。
素人が手を出しちゃいけない物の一つが、3000円以下の安バローロでしょう。
時々出物はありますが、味わいも価格通りで薄っぺらな物が多いです。
そんな期待を裏切ってくれたのがこの赤。
この産地らしい果実味とタンニンが楽しめ、中堅クラスの味わいに感じました。
イタリアの白といえばソアヴェ。
ソアヴェの価格は1000円以下から、4000円代まで色々あります。
このレ・オゼッレのソアヴェは1000円を大きく下回る価格ですが、
味わいは毎年安定してソアヴェらしい爽やかさと旨味が楽しめます。
多分このワインの買い付け担当者が試飲を重ね、よいタンクのワインを吟味しているのでしょう。
間違いなく、今月の旨安ワイン!
アメリカからはオレゴン州のピノ・ノワール種で、ソーコル・ブロッサーが造るデリニア300。
有機栽培のピノはアルコール感が果実味に溶け込み、上品でバランスの良い仕上がり。
ピノとしては入門用の価格ですが、濃度ではなく品のある可憐な味わいが楽しめます。
オーストラリアからはティズウェル社のシラーズ種で上級品。
普通オーストラリア・ワインで飲み頃を探すのは至難の業ですが、
ここでは熟成させてから出荷する為に現在08年産が発売されています。
7年を経て果汁っぽさが落ち着き、少しこなれた味わいが楽しめます。
ニュージーランドからはクロ・アンリのソーヴィニヨン13年。
このワイナリーは仏サンセール村のブルジョワ家がニュージーで始めた事業で、
創業の数年間、栽培担当者は北大出身の岡田氏でした。
今、岡田氏は独立しましたが、彼の作った畑から今も風味豊かなワインが生まれています。