2022年 9月 店主の独り言

 今年の夏休みは、家内と二人で伊豆・大島に行ってきました。

 羽田からモノレールで浜松町駅、ここから徒歩で竹下桟橋のフェリー乗り場に行きます。30年以上前の浜松町とは違って竹下桟橋までの間には、汐留(シオドメ)地区から続く高層ビルがニョキニョキ建っていて今では人気のエリアとか。
 さて、ジェット船のフェリーは大島まで1時間45分。昔の青森~函館間の連絡船が、少し短い距離を4時間でしたから、驚きの速さです。また、行った時期がお盆と重なり、取れた宿も港から離れた古い民宿。北海道・奥尻島より少し小さな規模の伊豆・大島はバスの便が悪く、車がなければ移動もままなりません。しかし7件あるレンタカー屋さんは全て空きが無く、港でタクシーに乗って宿まで向かいます。車中でレンタカーが無い話をしたら、運転手さんが親戚の中古車屋さんに問い合わせをしてくれて、運良く翌日から1台都合が付きました。

 宿の方に聞くと、島のレンタカーが少なく、車、バイク、原付、電動自転車、変速付き自転車、ママチャリの順に無くなるのだそう。翌日からは、見どころ満載の島を車で回りました。私のお勧めは、小さいけれど動物が生き生きとしている動物園。突風が吹き荒れる荒涼とした三原山の裏砂漠。水着着用ですが、海を眺めながら入る温泉、浜の湯。でも私が一番感動したのは、伺った元町の高田製油所で、四代目高田義土さんに椿油のお話を1時間以上伺えた事です。高田さんは何気なく淡々と話をしますが、良質な油は手間のかかる「玉締め式」で作る事を家内が取っていた生活クラブの会報で読んでいた事で話が進み、高田さんの話に熱がこもり始めました。島に椿の木は約300万本栽培されているそうですが、農地栽培ではなく各家庭で防風林や観賞用に栽培されている為に量産化が出来ず、農地化、産業化がされませんでした。実際、現在収穫されている島内の椿の種を全て絞っても、島民1人当たり1升瓶の半分強しか行き渡らないそうです。

 現在はフェリーのお陰で生活物資は何でも入手出来ますが、昔フェリーが無い頃の油は貴重品で、島民は庭にある椿の実を拾い、中の種をくり抜いて天日乾燥させ、油屋さんに預けて、手間賃分を除いた油を受け取り、毎日の調理に使っていたそうです。
 この椿油は今注目のオレイン酸を86%も含む事で、肌への吸収が早く、酸化が遅い為に、平安時代から女性の黒髪を守る油として珍重されてきました。しかし椿は植樹して実をつけるまでに約15年、成木となり良質な油を得る種を収穫するには更に15年以上かかる為、短期的な量産が出来ず、食用ではなく少量の油でも利用できる美容用油で本州に出荷されていました。でも高田さんは、椿油は食べて味わっていただきたいそうです。

 ワイン業界で言うと高田製油所さんは自社畑の無い生産者で、原料である椿の種の入手先は皆さん個人の方々。個々に病院のカルテのような台帳があり、毎年の引き取り量が記載され、お金で支払いか、手間賃を除いた油でお返しするかが記載されているようです。ちなみに油で返済する方は一升瓶に入れてお渡しするそうです。
 私がワイン用葡萄の木は3年で実が成り、20年位から良質な実が収穫出来ると言ったら、その位だったらうちも自社農場を始めたかったと高田さんが言っていました。しかし現在、種を持ち込む方の多くがご年配なので、次の世代の方々になっても椿の実を収穫し、種をくり抜き、天日乾燥させて製油所に持ち込んでくれる事を願うしかないと言っていました。
 沢山の小規模・個人生産者から種を買い入れ、今も効率の悪い「玉締め式」で油を絞り製品化する高田さんの話を聞いていて、私は胸を打たれました。ワインではありませんが、素晴らしい生産者が伊豆・大島にいる事と、そのご本人とお会いし直接話を伺えた事に感謝いたします。