2023年 2月 店主の独り言

 今月は今更ですが、年越しのお話し。

 何度も書いていますが、私の年越しは札幌・時計台の前(当然屋外です)で、シャンパーニュを飲みながら時計台の鐘の音を聞いて新年を迎えていました。始めた理由は、私は中学の頃まで札幌の北1条西3丁目に住んでいて、周りはビルしかない中で子供の頃は時計台裏の芝生が唯一の遊び場でした。二十歳を過ぎて偶然見たテレビで「世界各地の年越しの風景」が映っていた時、ロンドンでは有名な時計台ビックベンの周りに人々が集まり、12時の鐘と共にそこにいた車が一斉にクラクションを鳴らして新年を祝っていたのを見て、「札幌だったら時計台だ!」と閃きました。

 当時の友人と飲みながらその話をしたら、皆がその場で盛り上がって時計台での年越しパーティーが決定。私は言い出しっぺで酒屋ですから、シャンパーニュとグラスは持って行く事になりました。さて、1980年12月31日夜、一張羅の黒いスーツと蝶ネクタイに真っ黒のサングラスをして、泡とグラス1箱を持って11時に時計台に行くと誰もいませんでした。そのうち皆は来るだろうと一人で栓を開けて飲んでいましたが、屋外だとグラスから香りは全く立たず、何より寒くて膝はガクガク震えてきます。結局友人は誰一人来ませんでしたが、時計台の前は色とりどりのスキーウェアーを着た観光客が、代わる代わる来ては記念写真を撮って行きます。そんな中で一人黒ずくめの男がシャンパーニュを飲んでいると、「あの人何なの?」と声が聞こえてきます。始めは友人が来ると思ったので、周りの人にご馳走すると友人の分が無くなると思い、周りの人を無視して一人で飲んでいました。

 当時は携帯が無かったので友人を呼び出すことも出来ず、ムカムカしながら12時を待っていると、自然に10秒前からその場でカウントダウンが始まり、「さん、に、いち、」の声と共に「カーン」と時計台の鐘の音がビルの谷間に鳴り響きました。これが、私が時計台カウントダウンを始めたエピソードです。そしてこの荒行のようなカウントダウンを40年続けました。

 そして41年目の2021年大晦日、私は体調を崩し起きることが出来ずに初めて欠席し、気持ちが萎えてしまいました。2022年の大晦日は準備をしましたが、家内と息子と3人、家で紅白を見ながら時計台用のシャンパーニュをゆっくりと味わい、そして思いました。師走の忙しい中を働き終えて、家族が集まりゆっくりと過ごすひと時。最初の年に思った「約束したのに何故、誰も来ないのだ!」の答えが42年後に納得出来ました。一人暮らしや、観光の方以外は、年越しの時間は家族にとって大切な時間だったのです。そんな訳で、私の時計台カウントダウンは40年間で終了しました。でも、時計台は鐘を鳴らし続けているので、荒業をしたい方はどんどん行ってください。そして、もし行かれた方がいらしたら、私にその様子を知らせていただけると嬉しいです。