2022年 6月 店主の独り言

 今月は映画の話。

 5月に狸小路の映画館で「ハーメルン」という日本映画を観ました。監督は若手で現在、室蘭に暮らす坪川拓史(タクシ)さん。家内の友人に素晴らしい監督で、今、上映しているから是非観てと言われて二人で行って来ました。しかも日曜夜18時30分からの上映後に、監督と出演した役者・坂本長利(ナガトシ)さんの舞台挨拶付。ストーリーは廃校になった小学校の先生と生徒さん達が、年月を経ても忘れられない記憶を辿る物語。映画だけでも素晴らしい作品でしたが、上映後の舞台挨拶が驚きでした。

 舞台挨拶、最初の一言は「今、話題のシン・ウルトラマンではなく、ハーメルンを見に来ていただき、ありがとうございます」でした。実はこの二つの映画には、今売れっ子の西島秀俊氏が共に出ているからなのでしょう。そして、この映画は2013年に完成後に、全国各地で場所を借りて上映会を行いましたが、こうして劇場での通常公開は完成後9年を経て初めての事なので、監督として大変嬉しいと喜んでいました。私は映画は映画館でやるものだと思っていましたが、組織に属さない監督さんの作品を映画館で普通に上映するのは大変な事とは知りませんでした。

 坪川監督は、ハーメルンの主役は廃校になった木造の校舎ですが、2007年完成した一つ前の映画「アリア」の撮影でも別の校舎を撮っています。その際に全国に残っている廃校の校舎を色々探して、一番気に入ったのがハーメルンの学校だったのですが、当時はこの校舎が何処にあるのか分からず、別の校舎で撮影をしたそうなのです。その後にこの校舎は1980年廃校になった福島県昭和村の喰丸(クイマル)小学校という事が分かり、次の映画はここで撮ると決めて村役場に伺い来年撮影させてくださいと話をすると、廃校後30年を過ぎて老朽化が進んだ為に、来年壊す事で国の予算が下りたので無理と言われたそうです。

 そこで何度も行政に掛け合い、解体を1年延ばしてもらい、制作費や役者さん、制作スタッフ等の段取りをしていたら、今度はメインのスポンサー企業と監督との関係がダメになり製作はとん挫したそうです。すると主演女優の倍賞千恵子さんがこの映画はどうしても完成させたいと言って、福島県の名士の方々を当たってスポンサー探しをしてくださり、さらに東北の震災もあって製作は5年も掛かったそうです。監督は何度も何度も村長や役所に行って、「もう1年待ってください」、「もう1年~」とお願いし続けて、2013年に映画が完成しました。

 こうして大劇場でなくても上映会が始まると、映画を観た方々がぽつぽつと昭和村に訪ねるようになり、さらに旅行代理店が、喰丸小学校に行くバスツアーを企画して、団体さんも昭和村にやって来ました。すると、解体、解体と言っていた行政がクラウドファンディング等で資金を集め、保存と校舎の耐震工事が決まり、2018年から校舎は村の観光拠点施設として運営しています。一人の映画監督の情熱が役者さんを揺り動かし、その作品は観客だけではなく、村の住民の心までも虜にして、行政を変えて行く程の大きな流れになる話を聞いて私も胸が熱くなりました。「ハーメルン」はハリウッド映画とは全く違うスタイルですが、素晴らしい作品でした。