5月に家内と白老・虎杖浜温泉に行って来ました。
泊まった「ホテルいずみ」は食事も良かったですが、1番は少しトロミのある温泉で肌がツルツルになる素晴らしいお湯。翌朝、せっかくここまで来たのだから、近所にどこか面白そうな所はないかと検索していて思い出したのが近隣のワイン産地。確かサントリーさんが伊達でワイン用葡萄の栽培を始めた事を思い出して検索してみましたが、サントリーのホームページからは畑の住所が見つかりません。色々詮索していると、「伊達市(ダテシ)乾町(イヌイチョウ)」が出て来たので、ダメ元でもと思いながら車を走らせました。乾町に着き辺りを走っていると、針金に固定された葡萄の木が並ぶ畑を見つけ、農作業をしている方に聞いてみると正に「ビンゴ!」
サントリーが1983年に購入した、ボルドーの名門シャトー・ラグランジュ。スペイン系の前オーナーが世界恐慌や戦争で経済的に没落し、荒廃していたシャトーでしたが、サントリーが引き継いで購入額の数倍ものお金をかけて、畑、醸造設備、シャトーの建物等を整備した事で評価をどんどん上げ、今ではグラン・ヴァン(偉大なワイン)としての評価を受けています。現地で日本人のトップとして現場を指揮したのが、初代は鈴木健二氏、二代目は椎名敬一氏で、お二人とも数年ごとに札幌でセミナーを開催して本場のワイン造りの話を聞かせていただきました。
2020年からラグランジュでその任を引き継いだのが桜井楽生(サクライ・ラクサ、※逆に読んでも同じ名前)氏。今回アポなしで伊達の畑に伺い、声を掛けた方がその桜井さんご本人でした!なんでもシャトー・ラグランジュ2022年産のプリムール(新酒)発表会を現地のボルドーで終えて、少し休暇が取れたので日本に帰り、葡萄の様子を見に伊達に来て農作業をしていたところだと言うのです。桜井氏は2009年から山梨のサントリー登美の丘ワイナリーで勤務をされていたそうですが、2014年頃から山梨以外の日本でのワイナリーの可能性を感じて日本国内各地のデータを集め、6年かけて選んだ地が北海道伊達市でした。
道内各地のワインを販売している私は、果樹産地としてアドバンテージを持つ余市、あるいは十勝、岩見沢、函館等ではなく何故、伊達なのかを真っ先に伺いました。すると赤ワイン、白ワインを造るなら余市か岩見沢を選んだかもしれません。でもあの積雪量から葡萄の木を収穫後に地面に寝かせて雪の下で越冬させ、春には木を起して針金に固定するという作業が葡萄にとって良いとは思えなかった。一方で伊達は、雪は少ないが積算温度はどこよりも低い。そのため、糖度が十分上がらず、毎年安定して良い赤ワインや白ワインがつくれるとは思わない。
そこで視点を変えて、スパークリング・ワイン(以後は泡と表記)ではどうか。泡はアルコール発酵の後、泡を得る為に二回目の発酵も行います。収穫時の糖度が高いと、二回目の発酵後にアルコール度数が高くなりすぎるので、泡用の葡萄は糖度が上がりすぎる前に収穫します。例えば、伊達であれば、赤、白ワインをつくろうとすれば、糖度21~22%を目指して収穫を10月中下旬まで無理して待たなければなりません。しかし、泡用の葡萄は糖度が20%以下で収穫する為、2週間以上早い10月上旬、葡萄の品質にとって最適なタイミングで収穫することになります。
昔から醸造学の世界では、「秋の終わり熟した葡萄」からは、葡萄由来のフレーバーが多く生まれることが知られています。本場シャンパーニュでは、9月前半から収穫を始めます。すなわち、ブドウ由来の味わいに頼りすぎないワインづくりと言えます。早めに収穫した葡萄はフレーバーは少ないかもしれませんが、果汁の良い部分だけを惜しみなく使うことでエレガントなワインをつくり、そこへリザーブワインと呼ばれる何年も熟成させた秘蔵ワインを高割合で加えることで、味わいに厚みと複雑さがもたらされます。長い歴史をもつシャンパーニュだからこそできる素晴らしい製造方法ですが、私たちのようにこれからワインを造り始める新産地ではリザーブワインはありません。私たちの産地では、リザーブワインがない代わりに、10月に収穫する完熟葡萄由来の風味があるはずです。それを活かして、シャンパーニュとは違った個性のスパークリングワインを生み出したいと話していました。
リザーブワインに頼らずに遅摘み果実の複雑さを生かした、独自な泡が伊達で出来るであろうと考えた桜井氏は、サントリーの社員としてフランスのシャトー・ラグランジュで働きながら、伊達に畑を購入して自身のワイナリー設立に向けて動き始めているのです。太平洋沿岸部の冷涼さを逆手に取った桜井氏の賭けはどう出るか?私はその答えを知りたくて今、ウズウズしています。ここはまだ畑しかなく、今後収穫した葡萄は道内のワイナリーで委託醸造するとの事。今後も目が離せない産地がまた見つかりましたので、進展があれば逐次ご紹介させていただきます。