2020年 9月

例年の夏休みは妻の実家の東京に行くのですが、今年はコロナで帰省できず道東旅行に行きました。そして酒関係で道東と言えば、厚岸(アッケシ)のウイス キー蒸溜所。今年はここに行って来ました。厚岸と言えばカキですが、私にとってはウイスキーの厚岸蒸溜所。通常ここの蒸溜所見学は、厚岸の道の駅とレストランが入る公共施設「コンキリエ」が窓口となって行っていますが、コロナの影響で中止のまま。そこで酒小売店の特権を使ってお願いをして、今回は例外的に見学を許されました。

当日は約束の時間より早めに厚岸に着き、前述のコンキリエ内の炭焼きの店で昼食。そこはお店の入口にある水槽や冷蔵ケースの中から魚介類を選び、会計を済まして店内のテーブルに着き、セットされた炭焼き台で自分で焼いて食べるスタイル。通常のカキは炭火で焼き、地元でも貴重なカキの「カキえもん」は生でいただきました。

こうして腹ごしらえを終えて、昼から蒸溜所に向かいます。実は今回、見学は認められましたが、コロナの影響で蒸溜器のある建物は外のバルコニーから窓越しの見学しか出来ませんでした。まずは事務所に入り、製造担当課長の田中さんより説明を受けます。この蒸溜所のスタートは、ここを運営する堅展実業(ケンテンジツギョウ)の社長さんがウイスキー好きであったこと。そしてウイスキーの中でも特に個性の強い、スコットランド・アイラ島産のモルト・ウイスキーを目標に計画が始まりました。目標が明確だったので、日本の中でアイラ島の特徴である3つの特性(冷涼で湿潤な気候、スモーキーな香りの元となる泥炭(デイタン)層と豊かな水源、カキの産地)を持つ土地を探しをして行くと、 必然的に厚岸に決まったそうです。

ウイスキー製造を始めた「堅展実業」は、日本の食品製造会社に様々な原材料を輸入販売しています。厚岸蒸溜所の所長である立崎氏は、元々大手乳業メーカーで管理職を務めており、その取引業務で堅展実業の樋田(トイタ)社長と出会いました。そこで才能と情熱を合わせ持った立崎氏に、樋田社長は自身の夢であるウイスキー製造の話をして、もし現実となったら手を貸して欲しいと依頼します。

しかしプロジェクトが動き出すと、50歳目前で大企業の管理職という立場、東京から最北の地への単身赴任もあって、一旦は依頼を断ったそうです。しかしゼロから蒸溜所を建てて、ウイスキーまで仕上げるような壮大な仕事のロマンを思うと心は次第に傾き始め、最終的には家族も理解を示して転職を決めたそうです。

さて、日本の基準ではウイスキーに樽熟成期間の規定はない為、蒸溜後の樽熟成が1年未満でもウイスキーを名乗れますが、本場スコットランドでは3年以上の樽熟成が必要です。厚岸では自主基準で本国と同様の3年以上の樽熟を経て発売の予定でしたが、地元の方々だけでなく多くのウイスキーファンより、途中経過の製品でも味わってみたいという声が高まりました。そこでウイスキーと名乗らずに「厚岸ニュー・ボーン」という名で、No.1から4まで仕込みや樽材を変えた若い原酒を随時発売した所、大変な人気となり欧米のウイスキー専門誌でも90点オーバーの評価を受けました。

そして2020年2月に3年以上樽熟成を行った、厚岸初のウイスキー規格が「サロルンカムイ(アイヌ語でタンチョウ鶴)」という名で発売されました。この複雑で力強く、厚みのある味わいは非の打ちどころが無く、サンフランシスコのワールドスピリッツ・コンペティションで最高金賞受賞もうなずけます。

しかし当社への割り当ては僅かで販売は出来ず、現在は店内の立ち飲みカウンターで試飲のみの形です。当社の屋号はワインショップなので、ウイスキーにそこまで力を注がなくてもいいのではとも考えますが、同じ北海道でゼロから始めた造り手を少しでも応援したいのと、旅行で来たお客様からの要望もあって続けています。

堅展実業の社長さんが、ウイスキーを味わい感動したことからこの事業が始まりました。当社で味わい感動した方が、ニッカさん、厚岸さんの次の蒸溜所を作るかもしれないと思いながら、私は毎日仕事を続けています。