< 2024年 8月 店主の独り言 >

 今月は当社のお話。

 昨年末で16年間働いてくれた鎌田君が退社して、会社としては10年ぶりに求人を出しました。10年ひと昔とは言いますが、募集の際に一般的な休日の日数や社会保険等の加入時期で、私の常識が今の社会とはズレていた事が分かりました。当初は欠員の1名補充と思っていましたが、今いるスタッフも現在の休日体系に合わせる為に、2名補充して皆が週5日勤務になるよう稲見店長が毎月シフト表を作っています。それから何人かのスタッフが入社しましたが、普段は馴染みのないアルファベットで書かれたワインの産地名や、生産者名を始めとする専門用語を覚えるのが大変で、続かずに退社するスタッフが多いのです。

 私と専務も体育会系のノリではないと思うのですが、この機会にZ世代と呼ばれる今の若者と共に働く事で、新人類と呼ばれる世代を知る機会と思って私も努力しています。そんな中、当社で約半年間勤務しているのが女性の篠崎さんです。彼女はパティシエを夢見て札幌の有名進学校から製菓専門学校に行き、札幌の菓子専門店に就職してその店のオーナーと付き合いのあったフランス人シェフが経営するカナダ・モントリオールの菓子店で5年間働いたそうです。更に驚きは、農業にも興味があったそうでカナダから戻ってきた後、美瑛の農家さんで2年間働いて、次に当社に来ました。

 彼女は当社ではワインやお酒の知識を学びたいと言って、ワインの専門書を購入して休憩時間に学んでいる努力家。また数年いたモントリオールはフランス語圏だったので、仏語と英語の日常会話は達者で当社でも外国の方が来店された時はとても助かっています。普段は午後から車に乗り、当社の得意先の飲食店様にワインを納品していますので、「Ca va(サヴァ)」と声を掛ければフランス語で応えてくれると思います。しかし、もう一人いた男性スタッフが退社した為、フジヰではもう1名を募集しています。

 ワインは割れ物で、重く決して楽な仕事ではありませんが、当社で1年間働けば新入荷ワインを900~1000種試飲することになり、ワインの知識が増えて行きます。ワインを学んでみたいと思っている方がいましたら、インディードの「ワイン販売」で検索していただき、当社宛へお問い合わせください。

< 2024年 7月 店主の独り言 >

 6月に妻と共に安平(アビラ)町に行って来ました。

 当社で扱う「いぶりナッツ」の生産者「スモークアップ・ジャパン」さんへの訪問がメインです。この会社は「電界風味添加装置」という機械を開発、販売する会社ですが、この機械で出来る燻製のデモンストレーション用に、ゆで卵やナッツを自社で燻しています。普通、機械の販売でしたら、展示会やイベント会場でその卵やナッツをタダで配って販路を広める所を、それぞれ「かしわのたまご」、「いぶりナッツ」と名前を付けて販売もしているのです。このサンプル品が一般の食品メーカーの物より良質で商品力が高いので、当社でもここのナッツ類を扱っています。

 ナッツやゆで卵は沢山のメーカーから様々な燻製した商品が出ています。通常は燻製室の下部でチップを燃やし、熱で燻した風味を食品に付けますが、ここでは低温にしたチップの煙を電子の力を使って短時間で食品に吸着させることで、食品に熱がこもらずに燻製が出来ます。ですから黄身が半熟のゆで卵をその状態のままで加工でき、マヨネーズなど液状の物でも燻製に出来るそうです。今回伺ったのは、良質な商品を造り続けているこの会社の秘訣が知りたかった気持ちがありました。会社で機械担当の河合さんと社長の小坂さん、お二人に話を伺いました。河合さんは電気や機械に詳しく、小坂さんは味わいの要を担っていて、私の印象ではワインショップフジヰの社長と専務の様に性格の違う二人が協力して上手くいっている感じがしました。

 その後、お昼はお薦めされた地元の名店、「そば哲・遠浅店」へ。大食の僕が蕎麦屋さんに行くと、いつも頼むのは一人で「もりそば」と「かけそば」のダブル。ここは特に麺が引き締まって美味しかったので、冷たいもりそばがおすすめです。そして食後は安平町の鹿公園に行きました。園内は丘や池があって多少標高差もあるので、散歩をしても景色に変化があります。広い公園を奥に進むと、小学校のグランド半分程の広さに鹿が15頭程暮らしていました。札幌の公園の多くは平地にあって歩いていても変化が乏しいのですが、ここは森の中にいるようで気持ちが良かったです。他にも「あびら道の駅」には本物の蒸気機関車D-51が、電気機関車や貨物列車と共に展示してあります。札幌から車で1時間半弱、お蕎麦を食べて、公園で散歩し、道の駅で「かしわのたまご(燻製卵10個1,500円)」をお土産に買うコースはいかがでしょうか。

< 2024年 6月 店主の独り言 >

 先月は私が酒小売組合の理事長も兼任していることを書きました。

 お酒には酒税がかかり、酒の製造や小売等の免許も税務署が管理しています。今まで当社では依頼している会計事務所さんが税務署等に必要書類を出していたので、直接税務署の方にお会いする事は殆どありませんでした。しかし小売酒販組合の理事長になると、札幌中税務署の連絡協議会というメンバーになり、年2回の会議に参加する事となります。この会は税理士会、法人会、青色申告会、納税貯蓄組合といった、札幌でも名門の会社の代表の方々が参加されております。

 札幌中税務署の会議室で行われた税務連絡協議会が無事終わると、次は場所をススキノの和食店に移してきっちり会費制で親睦会が始まります。初参加の私はこういった会に不慣れでしたが、偶然、札幌中税務署の署長さんの傍に座りました。税務署で一番偉い方の実家は道内の地方都市にある酒小売店だと言います。昔、給料後の楽しみはお酒を飲む事しか無かった頃、実家の酒屋は景気も良かったけど、今の酒小売は何処でも大変ですよねと言われ、つい私もホロっときました。

 署長さんは役所勤めの為、転勤で全国各地をまわったそうで、私に根室にいた時の話をしてくれました。ここには「北の勝」の蔵元として知られる碓氷勝三郎(うすい かつさぶろう)商店があります。日本酒の蔵元は冬が製造の真っ盛りですが、役所は12月28日仕事納め、1月4日が仕事始め。単身赴任の方々は皆さん正月連休の前後に代休を取って、早めに家に帰省します。「北の勝」さんは正月ギリギリまで働き、年明けも直ぐに製造を始めるそうで、毎年、仕事納めと仕事始めはには税務署の幹部の方が不在であってもご挨拶に来るそうです。

 「北の勝」さんは税務署より酒の製造免許を頂き、今年も無事に仕事を終えられました。そして新年も仕事が始まりましたというご挨拶なのでしょう。税務署長の宮坂さんは根室勤務の時にこの「北の勝」さんの話を聞き、このご挨拶を直接お受けしたいと思い、代休を取らずに暦どおり出勤され、挨拶に来た当主の碓氷さんは驚かれたそうです。今まで税務署はただ税金を集める所とだと思っていましたが、こんな美談を聞くと、今年は沢山利益を出してお国の為に国庫に納めようと思いました。毎日正直に仕事をして、お客様、酒の生産者さん、卸さんにも喜んでいただき、最後は税務署さんにも喜んでいただける会社になりたいと心新たに思いました。

< 2024年 5月 店主の独り言 >

 今月は私の仕事の話。

 私はワインショップフジヰの社長ですが、実は札幌中(ナカ)地区の酒小売組合の理事長でもあります。私の親も組合の役員をしていたので組合費は払っていましたが、自分の仕事だけで手いっぱいだった為に組合の集まり等は不参加でした。しかし数年前、同業大手の「リカーズかめはた」の社長さんから、そろそろ酒小売組合の仕事も手伝ってくれないかと頼まれ、逆らうことも出来ずに役員になりました。その後、中組合前理事長のムラオカ食品・浜井社長から、「私はお酒の販売で長く営業させていただいたので、酒業界に恩返しをする気持ちで組合の理事長を引き受けた」と伺い、私も業界への恩返しと次の世代に引き継ぐ為に、理事長を引き受けました。

 今の酒小売免許は申請を出せば、ほぼ自動的に下りますが、昔は条件が厳しくて簡単に販売免許はもらえませんでした。そのような特権的な免許制の中で同業者の組合が出来、会費を積み立てて慰安会等を行っていたようです。しかし現在、販売免許は誰でも取得が出来、家庭用ビール販売の大半を占めるスーパー、コンビニの多くが組合には加入しないので、組合員の多くは古い酒屋さん主体になっています。当然、組合員数は減り続け、現在の酒小売組合の理事長には特権や恩恵は全くありません。組合としては地元の税務署や警察署と共に「飲酒運転防止」、「未成年の飲酒防止」等のキャンペーンを毎年行っています。

 さて札幌の酒小売組合は中と東、西、南、北、5組合があり、この5組合を束ねる協議会会長は人望が厚い北組合「銘酒の裕多加」の熊田さんでしたが、2023年9月にご病気でお亡くなりになりました。新会長は南組合の山田理事長が引き受け、新体制に向けて動き出しています。札幌の酒業界は酒小売組合の酒屋さんと、「リカーズかめはた」さんの様な大手の業務用酒販店の両面で進んでいます。また世代交代や新規参入もあって、酒組合内にある青年部は積極的に活動をしています。私が理事長を続ける間で、何か多くの酒屋さんが興味を持ってくれるような事が出来ればと思いながら私は会合に参加しています。

< 2024年 4月 店主の独り言 >

 今月は私のお話し。

 先日、今話題の手稲稲穂にあるレストラン、パルコフィエラさんに食事に伺いました。このお店は色々な意味で独特なレストランです。まずロケーショは郊外なので可愛いお庭があるような一戸建てのレストランではなく、JR稲穂駅から徒歩1分以内の建物の1階に入っています。私は初めてこの駅に降りましたが、一戸建てが並ぶ住宅街で駅前にはコンビニすらない無人駅でした。

 店内はL字カウンターで定員9名の小さなお店。ここではランチは12時、ディナーは18時に一斉スタートで、お客はこの時間に合わせて来店しなければならず、遅れると食べられないメニューがあるとか。料理のコースは1種のみで、昼、夜共に一人20,900円。肉や魚のメニューでチョイスは無く、(ある意味独裁者の)中條シェフに全てお任せです。

 私の知人で、イタリア在中の日本人の方が札幌に来る事となり、その人から是非ここで一緒に食事をしてみませんかとお誘いを受けて、家内と3名で伺いました。シェフはカウンターの前でほとんどの料理を一から作って行きます。シェフの信念は塩とオリーブオイル以外の調味料は自分で作るらしく、お酢各種、アユで作った魚醬、木の実で作る味噌、等々、そして真骨頂は10種類以上ある生ハムまでもが自家製です。ある一皿は柵の魚に金串を差し、薪火の上でレア状態に火を通し、和包丁で切り分けます。そしてお酢、マスタード、魚醬等で味付けをして、その日同席した3組8名の方々に提供されます。

 昔テレビで見た、「料理の鉄人」さながらの光景を目の前で見ながら、出来上がった料理を一品、一品味わってゆきます。数えてはいませんが、生ハム類を入れると10皿以上のメニューがどんどん続き、時間は3時間を超える長丁場。来店されるお客様は8割が本州から、1割が海外、最後の1割が道内の方。飛行機賃と宿代を考えても、このコース料理は一人3~4万円払ってでもシェフの独創的な料理を楽しみたいと思える価値があると思います。

 私は今、この瞬間、ここにしかない味わいの世界を体験できる唯一のレストランとして、札幌の宝物とも言えるお店だと思います。最後にここの生ハム類が、前に「独り言」でお話ししたココノ・ススキノ地下1階にある肉屋さん「エルムの山麓」で切り売りしています。気になる方は一度味わってみませんか。

< 2024年 3月 店主の独り言 >

 今月はスタッフのお話。

 以前にもお話しましたが、当社で16年働いてくれた鎌田君が年末に退社し、スタッフ募集をしていました。そして何人かの新人さんが入社しましたが、どうもワインの種類が多く難しいようで長続きしませんでした。僕らは今までと同じ事を続けて来ただけと思っていましたが、やはり日本語ではなくアルファベットで書かれたラベルを見て、倉庫から品出しをして、店頭に並べたり、得意先へ車で配送するのは、新人さんにとっては面倒な仕事だったようです。

 現在は鎌田君の代わりに、パートの女性1名と、正社員は男性1名と女性1名の計3名が増えました。スタッフが定着したら、当社は閉店後の残業が多かったので、労働環境の改善にも着手して、誰もが楽しく働けるようにすることが私の仕事です。また当社は男性5名とパートの女性2名でしたが、現在は男性5名、女性4名と女子率が上がってきました。今後も良質なワインを探すことは続けながら、今まで弱かった店内の清掃や、古い値札の交換、疎かにしていた事にも力をいれて行きたいと思っています。

 そして、当社では毎金曜の閉店後に、社内で新着ワイン15~20種の試飲勉強会を行っています。新人スタッフは、一度にこんなに沢山のワインを開けて試飲する事に驚き、味わいのコメントを聞いても答えられませんでした。それでも試飲を数回続けて来ると、少しずつ感じた味わいを自分の言葉で発言するようになって来ています。1歩、1歩、成長している姿を横で見ていると、私は少し彼らが自分の子供の様に思えて来ます。新人たちは今、もがきながら努力をしています。今後、何かミスがあるかもしれませんが、少し長い目で見ていただけると幸いです。1年後には仕事の要領も覚え、試飲の本数も1000本を超えて、皆さんへお勧めやアドバイスが出来る事でしょう。

< 2024年 2月 店主の独り言 >

 フジヰニュースは2月号にはなりますが、今年もよろしくお願いします。

 さて今月はススキノの交差点に出来た新しいビル、「ココノ ススキノ」に家内と行って来たお話し。まずは地下2階の「スーパー・ダイイチ」。ここのお薦めは、何と言ってもお惣菜の「おはぎ」。ダイイチの本社は帯広だけに十勝産の小豆を使い、老舗の和菓子屋さんの様な上品な味わいで、しかも大ぶりなおはぎは、気の張らない手土産には最適な逸品です。また、鳥肉は普通のスーパーだとトレーに載せてラップされていますが、ここは真空パックのビニール袋に入っていて、資源の無駄遣いをしないエコの姿勢が感じられます。

 地下1階には、酒小売店が2軒入っています。円山屋さんは自然派ワインに特化し、根本酒店さんはウイスキーと、日本酒が主体。そして、この2軒は共に試飲スペースがあって、販売だけではなく飲食店としても賑わっています。さて私の一押しは、地下1階の一番奥にある「エルムの山麓(サンロク)」という肉屋さん。私は500g以上の塊のお肉を焼いて食べるのが大好きです。でも普通のスーパーには200g位で厚さ2センチ程のステーキしかありません。私は市内の色々なスーパーに行き、塊からカットしてもらえるお店を10年以上探し続けて来ました。

 そして、ここで出会ったのです。ここでは道産の鹿、鴨、羊、牛、豚など様々な動物の様々な部位が500~800g位で真空パックされて売っています。しかも100g400円前後なので、2~3000円位で塊の肉が買えるのです。安価な塊なので、家に帰って少し筋を切ったり手を入れなければダメですが、厚さ6センチ位ある肉をゆっくり焼く事で、表面は少し焦げて香ばしく、ナイフでカットすると中心が綺麗なピンク色に仕上がると、嬉しくて赤身だと僕一人で400gはペロリいただきます。塊のお肉を塩コショウで食べていると、焼肉用の薄切り肉は、僕にはタレの味しかしないような気がします。

 特に鹿はハンターさんが仕留めた物なので、必ず在庫があるわけではありませんが、普通のスーパーでは考えられない品揃えにワクワクします。前回は鹿の代わりに鴨肉の600gを買って帰ると、息子が焼いてくれました。息子はレストランで2年半働いていたので、鴨の脂身を下にして弱火でじっくり焼くと、フライパンに溶けた油が2センチ位たまり、その油をスプーンですくって、まだ赤い肉の上面にかけて行きます。このアロゼという技法でゆっくり火を通し、その後はオーブンの代わりに引き出し式の魚焼き器で焼いて、じっくり火を入れました。

 もちろん僕も最初から上手く焼けはしませんでした。レストランで表面がカリっと焼けて、中心がロゼ色のお肉を食べて感動し、家でやっても上手くは出来ません。何十回も失敗しましたが、切って生だったら又フライパンで焼けばいいんです。それを繰り返しているうちに、何とか上達してきました。また塊のお肉を切ってくれるスーパーを見つけても、そういった客は少ないので、担当者が変わるとカットをしてくれなくなり、また別の店を探す。せっかく塊肉を買えても、上手に焼けない。こんなことを10年以上やって来て今があります。皆さんの中で、肉好きな方がいましたら、ぜひココノ・ススキノ地下1階の「エルムの山麓(サンロク)」に行ってみてください。

 それと、ここで売っている渦巻き状のシカ肉ソーセージは絶対お薦めです。解凍してから、数ヶ所にねじれを入れて、ボイルして、フライパンで焼くと、鹿肉の美味しさが素直に味わえます。焼くのが大変な塊肉の前に、まずはこのソーセージを味わっていただくと、鹿肉の美味しさに開眼する事でしょう。

< 2024年 1月 店主の独り言 >

 今月は当社スタッフのお話。

 実は当社で16年間、一緒に働いてくれた鎌田泰明君が年内で退社することになりました。当社がまだ地下街ポールタウンにあった頃からで、大変だった引っ越しや、現在の店が軌道に乗るまでの苦しい時期も、そしてコロナの時期と、思えば安泰な時はひと時も無かった時期を共に頑張ってくれました。退社後の鎌田君は、やはりワインの販売で仕事を続けるようです。当社では地元・道産ワインの生産者さんを含めて、ワインの仕入先40~50社ほどの担当を受け持ち、在庫管理をしながら発注、入出庫業務。車を運転して得意先への配送と、店舗での販売を担当し、お客様だけではなく仕入先からも非常に信頼があります。

 人生も、会社の営業も、出会いがあり別れがあります。当社では現在、男性1名と女性1名が新スタッフとして頑張っています。新人ふたりが入っても、今は覚える事ばかりで鎌田君の仕事量にはかないませんが、これを機に当社も今まで出来なかった事にチャレンジ出来るチャンスとも感じます。当社のお客様にとっては、新体制に慣れるまでの間はご迷惑をお掛けする事があるかもしれませんが、新しい出発と思って見守っていただけたらと思っています。

 ワイン業界の厳しさと喜びを知り尽くした鎌田君は、これからもこの業界で仕事を続けて行きます。今後、皆様がどこかで新しい鎌田君と出会った際は、ぜひ応援していただけることを願っています。そして今後さらに、良いワインを造る生産者が増え、良質なワインを輸入する業者も増え、お酒とお客様とを繋ぐ酒小売店が増える事で、皆様の楽しい食卓の機会が増える事を願います。最後に私事ではございますが、人生の幸いな時間を作るお手伝いをする酒屋として、今年も一年間走り切ったことを感謝いたします。

< 2023年12月 店主の独り言 >

 今月は今話題の「ゴジラ」のお話し。

 私は1959年生まれ。最初のゴジラの時は生まれていませんが、テレビのウルトラQ、ウルトラマンといった怪獣物は再放送ではなくリアルタイムで見ていました。子供だった僕の知っているゴジラは宇宙から来た怪獣をやっつけ地球を守る味方という位置づけでしたが、僕も知恵が付いてくるとゴジラが「寅さん映画」のシリーズのように感じられて見るのを止めてしまいました。

 その後、アメリカの「スターウォーズ」や「未知との遭遇」を見てからすっかり日本映画は見なくなりましたが、1995年、新シリーズのガメラ1を友人と一緒に観て、子供だましではなくリアリティのある怪獣映画の出来に驚きました。その新ガメラ1、2、3、は全て良く出来た映画でしたが、特に「2」は札幌が舞台。「水曜どうでしょう」の鈴井さん、大泉さんがちらっと出ており、2023年11月末にススキノ交差点にオープンした「ココノ ススキノ」の場所に元あったデパート「ヨークマツザカヤ」の建物に怪獣が巣を作るという設定で、札幌の地下鉄や建物が沢山出て来ます。

 ストーリーや映像がしっかり作られている新ガメラの後に驚いたのが、2016年の「シンゴジラ」でした。今、ゴジラが出現したら日本の社会は対応に追われて後手後手になる。まさに東日本大震災の状況をゴジラに置き換えたような内容は、ガメラを超えるメッセージ性のある内容でした。そのゴジラにとって金字塔とも言える出来の「シン」の後に、満を持して製作された2023年11月公開の「ゴジラ-1(マイナス・ワン)」。一応は家内に一緒に観に行くかい?と聞きましたが、当然断られて私は友人と共に観に行きました。そして「-1」の出来も素晴らしかった。

 「シン」と、「-1」は監督が違うので、スタイルはかなり異なります。僕の印象では、怪獣映画のジャンルでは「シン」が今もトップだと思います。でも、怪獣が出ている娯楽大作映画としての出来は「-1」が勝っていました。「シン」は現代の行政や政治家に対する疑念が根本にあり、その無能さをゴジラがあぶり出し、「-1」は登場する一人、一人、普通の人達が、与えられた場所で力を出し合い、協力しながらあのゴジラに向かって行く。怪獣映画は誰が見ても感動するとは言いませんが、僕は気合の入った怪獣映画はやっぱり見たくなってしまいます。

< 2023年11月 店主の独り言 >

 10月上旬、高校時代の仲間が集まり、私のプランで温泉旅行に行って来ました。

 参加者は九州、神奈川、東京、旭川と、札幌が私たち夫婦。午後に札幌で集合して、夕食は月寒の「じんぎすかん俱楽部」さんでジンギスカン。翌日は朝8時集合、車2台で帯広に向かい昼食は帯広の名店「ぱんちょう」さんで豚丼。食後に六花亭に寄ってから今夜の宿、糠平温泉・中村屋さんに向かいます。でも、寄り道も楽しいので秘湯で有名な「幌加(ホロカ)温泉・湯元 鹿の谷(カノヤ)」さんに寄ってから糠平に向かいました。ただ、この鹿の谷は内湯から混浴なので、お連れの奥様方には事前にバスタオルを持参していただき、3種の源泉が楽しめる内湯と露天風呂を堪能しました。

 皆さんご夫婦で参加されたので始めはちょっと緊張しましたが、湯舟から5メートル程下に清流が流れている露天風呂に入り、目の前の木々が少し紅葉が始まっているのを見ていると、恥ずかしさよりもこの大自然の中での醍醐味に圧倒されてしまったようです。そして今夜の宿、中村屋に到着。この宿の部屋はそれぞれ趣が違うので、皆の部屋を訪問してからこちらのお風呂にもゆっくり入ります。その後は待ちに待った夕食、山の中なので無理して海の物を出さずに地元の山菜や野菜、川魚、鹿肉などの心のこもった料理が振舞われ、皆さん大満足。食事の後は一番広い部屋に皆が集まり、ワイワイ話をしてからもう一回お風呂へ。

 翌日も起きてお風呂に入ってから朝食。もう温泉づくしで毛穴の中までツルツルになった感じで旭川に向かいます。ここまでの行程は私のプランでしたが、この後は旭川メンバーによる旅プランになります。旭川に向かう途中で大箱、層雲峡を見て、上川町で上川大雪酒造の売店に寄ってお酒や酒粕を買い、最後の目的地は旭山動物園。今回のメンバーは皆65歳前後ですが、年寄りになってもあざらし館、ホッキョクグマ館、ペンギン館ではガラス越しの動物をくぎ付けになって見ていました。その後のランチは「エスペリオ」さんでおこっぺソフトクリームとハンバーグをいただき、最後は三浦綾子文学館を見学して解散しました。

 怒涛の様な旅行でしたが、同じ年代の夫婦と共に3日間過ごして一番思ったのは、当たり前ですが皆さん結婚前は別々の人間だったんだなぁと感じました。それぞれ縁があって結婚をして、子どもが生まれ、孫まで生まれて幸せな家族を持つ仲の良いご夫婦なのですが、旦那さんも奥さんも自分の趣味や仕事や生きがいを持って今も積極的に生きていました。夫婦がどちらかに頼りっきりではなく、夫婦の生活と自分自身の生活、両方があってそれをお互いが認め合っているからうまくやって行けるのでしょう。僕だけ結婚が遅く孫はまだいませんが、将来は他の先輩夫婦のように二人の生活と、自分自身の生活の両方を生かして行けたらいいなと思いました。