< 2024年 10月 店主の独り言 >

 今月はお勉強の話。

 8月に今話題の中学・歴史の教科書、令和書籍出版の「国史」を購入しました。執筆者の竹田恒泰氏は旧皇族・竹田家の出身で、作家であり、テレビ「そこまで言って委員会」の出演者。その彼が取り組んだ歴史の教科書でしたが、文部省の教科書検定で4回も不合格となり、6年がかりでやっと検定合格となった教科書です。

 私は小さい頃から勉強が大っ嫌い。当然、教科書も後半になると開いた形跡が無く、時々、顔写真が載っていればヒゲを描いたり鼻毛を描くぐらいの問題児でした。この教科書「国史」はとても厚く、毎晩寝る前に1~2ページ読んでいますが、今やっと全体の2/3位まで読みました。そんな途中経過ですが、内容が面白く毎日読み進んでいます。ネット上でこの教科書は「極右思想」の危険な教科書と言われています。しかし私はこれが初めて真面目に読んだ教科書なので、この内容が当時の教科書に比べ、右寄りか左寄りなのかは分かりません。

 勉強嫌いな私が歴史で覚えているのは、先生がこれは重要だから年号を覚えなさいと言っていた「いい国(1192年)作ろう鎌倉幕府」ぐらい。今回読んでみて分かったのは、歴史は代々続く王様の記録なんですね。ある場所で王と共に住民が生活している所に、近隣で勢いのある王が侵略してくる。侵略されても、良い統治が続けば住民の生活の中に楽しみや文化が生まれる。その王が死に兄弟や息子に代替わりして統治が乱れると、別の王が出て来て新たな国が始まる。こういった全体の流れで歴史を見なければ、年号を覚えても意味がないことが分かりました。

 学生時代はテストのための勉強でしたが、今は日本人として日本の歴史を知る事の大切さを感じながら学んでいます。65歳にもなってやっと気付いたのかと笑われるかもしれませんが、あの劣等生が今、教科書を楽しんで読んでいる姿を当時の先生に見て欲しいなぁと思う今日この頃です。ちなみにこの「国史教科書 第7版 検定合格 市販版(税込2,000円)」は通常の書店では扱いが無く、購入はアマゾンか、紀伊国屋書店でしか販売していないそうです。

< 2024年 9月 店主の独り言 >

 2024年7月末、家内と共に函館に行って来ました。

 ブルゴーニュ地方ヴォルネ村の名門、モンティーユ家が函館で始めたワイナリーの開所式に出席する為です。オーナーであるエティエンヌ・モンティーユ氏は2015年頃から毎年、地質学者や専門家を同行して北海道内をメインに様々な産地を回って理想の畑を探していました。そして2018年函館・桔梗(キキョウ)町に決定し、2019年に葡萄の植樹がスタート。当初は1~2ヘクタールの規模でしたが、今回観た畑は20ヘクタールほどに広がり、更に近隣の拡張をしていました。モンティーユ家はピノ・ノワール種の名門ですから、植えられた葡萄は当然ピノ・ノワール種でしたが、気候も、風土もヨーロッパとはまるで違う日本での栽培なので、いくつもの区画に分けられた畑には実験的な試みが感じられました。

 開所式はモンティーユ氏のご挨拶から始まり、フランス大使館の農務参事官、道庁副知事、今話題の函館・大泉市長、国税庁、10Rワイナリー・ブルース氏の祝辞が続きます。次にワイナリー内部を見学し、外に出て広大な畑を回って行きます。畑のある桔梗町は内陸の斜面にあり、函館山や海を見下ろす風光明媚な場所。各区画では同じピノ・ノワール種でも苗木のクローン別だったり、挿し木する台木の種類、あるいは挿し木せずに自根栽培だったり、木の仕立て方だったり、様々な様式で葡萄が栽培されていました。フランス本場のやり方をそのまま持ってくるのではなく、この場所にとって最適な方法を見つける為に、研究を続けている最中といった感じでした。

 夕方になり、街の明かりが灯りだした頃に会食が始まります。食事はブュッフェ・スタイルで、函館「メゾン・フジヤ」さんのフランス料理だけではなく、「清寿司」さんの寿司、「二代目・佐平治」さんの前菜、「ワインダンサー」さんの前菜、そして熟成した沢山のチーズが並んでいます。飲み物は当然、モンティーユさんのワインですが、本家のブルゴーニュ産と、モンティーユさんが函館と共にアメリカ・サンタバーバラ地区で始めたカリフォルニア産と、北海道産の3地区のモンティーユ・ワインが並び、他に上川大雪・五稜乃蔵の日本酒もありました。参加者は160名程で、その半分近くが多分フランスからの方々でした。

 外人さんの奥様方の何人かは、映画俳優のような背中の大きく開いた原色のドレスを着ていて、まるで外国映画で観たパーティーの様。フランスでワインを飲むというのはこういう事なんだと思いながらも、僕は出ていた15種程のワインと日本酒を必死に試飲を続けます。一方、家内の興味は食事のようで、僕に飲んでばかりいないでこのお寿司美味しいよ、このお肉も食べてごらんと、時々おすすめ料理が僕に渡されます。函館は元々海の幸、山の幸に恵まれた食の街。更に近年はワイナリーも増えて、この地が余市、十勝、岩見沢・三笠に続いて北海道を代表するワイン産地になると実感した旅でした。最後に宿泊したビジネスホテル・グローバルビューの朝食が素晴らしく、特にイカのお刺身を食べた時、僕は仕事抜きで函館の美味しさをしみじみ味わいました。

< 2024年 8月 店主の独り言 >

 今月は当社のお話。

 昨年末で16年間働いてくれた鎌田君が退社して、会社としては10年ぶりに求人を出しました。10年ひと昔とは言いますが、募集の際に一般的な休日の日数や社会保険等の加入時期で、私の常識が今の社会とはズレていた事が分かりました。当初は欠員の1名補充と思っていましたが、今いるスタッフも現在の休日体系に合わせる為に、2名補充して皆が週5日勤務になるよう稲見店長が毎月シフト表を作っています。それから何人かのスタッフが入社しましたが、普段は馴染みのないアルファベットで書かれたワインの産地名や、生産者名を始めとする専門用語を覚えるのが大変で、続かずに退社するスタッフが多いのです。

 私と専務も体育会系のノリではないと思うのですが、この機会にZ世代と呼ばれる今の若者と共に働く事で、新人類と呼ばれる世代を知る機会と思って私も努力しています。そんな中、当社で約半年間勤務しているのが女性の篠崎さんです。彼女はパティシエを夢見て札幌の有名進学校から製菓専門学校に行き、札幌の菓子専門店に就職してその店のオーナーと付き合いのあったフランス人シェフが経営するカナダ・モントリオールの菓子店で5年間働いたそうです。更に驚きは、農業にも興味があったそうでカナダから戻ってきた後、美瑛の農家さんで2年間働いて、次に当社に来ました。

 彼女は当社ではワインやお酒の知識を学びたいと言って、ワインの専門書を購入して休憩時間に学んでいる努力家。また数年いたモントリオールはフランス語圏だったので、仏語と英語の日常会話は達者で当社でも外国の方が来店された時はとても助かっています。普段は午後から車に乗り、当社の得意先の飲食店様にワインを納品していますので、「Ca va(サヴァ)」と声を掛ければフランス語で応えてくれると思います。しかし、もう一人いた男性スタッフが退社した為、フジヰではもう1名を募集しています。

 ワインは割れ物で、重く決して楽な仕事ではありませんが、当社で1年間働けば新入荷ワインを900~1000種試飲することになり、ワインの知識が増えて行きます。ワインを学んでみたいと思っている方がいましたら、インディードの「ワイン販売」で検索していただき、当社宛へお問い合わせください。

< 2024年 7月 店主の独り言 >

 6月に妻と共に安平(アビラ)町に行って来ました。

 当社で扱う「いぶりナッツ」の生産者「スモークアップ・ジャパン」さんへの訪問がメインです。この会社は「電界風味添加装置」という機械を開発、販売する会社ですが、この機械で出来る燻製のデモンストレーション用に、ゆで卵やナッツを自社で燻しています。普通、機械の販売でしたら、展示会やイベント会場でその卵やナッツをタダで配って販路を広める所を、それぞれ「かしわのたまご」、「いぶりナッツ」と名前を付けて販売もしているのです。このサンプル品が一般の食品メーカーの物より良質で商品力が高いので、当社でもここのナッツ類を扱っています。

 ナッツやゆで卵は沢山のメーカーから様々な燻製した商品が出ています。通常は燻製室の下部でチップを燃やし、熱で燻した風味を食品に付けますが、ここでは低温にしたチップの煙を電子の力を使って短時間で食品に吸着させることで、食品に熱がこもらずに燻製が出来ます。ですから黄身が半熟のゆで卵をその状態のままで加工でき、マヨネーズなど液状の物でも燻製に出来るそうです。今回伺ったのは、良質な商品を造り続けているこの会社の秘訣が知りたかった気持ちがありました。会社で機械担当の河合さんと社長の小坂さん、お二人に話を伺いました。河合さんは電気や機械に詳しく、小坂さんは味わいの要を担っていて、私の印象ではワインショップフジヰの社長と専務の様に性格の違う二人が協力して上手くいっている感じがしました。

 その後、お昼はお薦めされた地元の名店、「そば哲・遠浅店」へ。大食の僕が蕎麦屋さんに行くと、いつも頼むのは一人で「もりそば」と「かけそば」のダブル。ここは特に麺が引き締まって美味しかったので、冷たいもりそばがおすすめです。そして食後は安平町の鹿公園に行きました。園内は丘や池があって多少標高差もあるので、散歩をしても景色に変化があります。広い公園を奥に進むと、小学校のグランド半分程の広さに鹿が15頭程暮らしていました。札幌の公園の多くは平地にあって歩いていても変化が乏しいのですが、ここは森の中にいるようで気持ちが良かったです。他にも「あびら道の駅」には本物の蒸気機関車D-51が、電気機関車や貨物列車と共に展示してあります。札幌から車で1時間半弱、お蕎麦を食べて、公園で散歩し、道の駅で「かしわのたまご(燻製卵10個1,500円)」をお土産に買うコースはいかがでしょうか。

< 2024年 6月 店主の独り言 >

 先月は私が酒小売組合の理事長も兼任していることを書きました。

 お酒には酒税がかかり、酒の製造や小売等の免許も税務署が管理しています。今まで当社では依頼している会計事務所さんが税務署等に必要書類を出していたので、直接税務署の方にお会いする事は殆どありませんでした。しかし小売酒販組合の理事長になると、札幌中税務署の連絡協議会というメンバーになり、年2回の会議に参加する事となります。この会は税理士会、法人会、青色申告会、納税貯蓄組合といった、札幌でも名門の会社の代表の方々が参加されております。

 札幌中税務署の会議室で行われた税務連絡協議会が無事終わると、次は場所をススキノの和食店に移してきっちり会費制で親睦会が始まります。初参加の私はこういった会に不慣れでしたが、偶然、札幌中税務署の署長さんの傍に座りました。税務署で一番偉い方の実家は道内の地方都市にある酒小売店だと言います。昔、給料後の楽しみはお酒を飲む事しか無かった頃、実家の酒屋は景気も良かったけど、今の酒小売は何処でも大変ですよねと言われ、つい私もホロっときました。

 署長さんは役所勤めの為、転勤で全国各地をまわったそうで、私に根室にいた時の話をしてくれました。ここには「北の勝」の蔵元として知られる碓氷勝三郎(うすい かつさぶろう)商店があります。日本酒の蔵元は冬が製造の真っ盛りですが、役所は12月28日仕事納め、1月4日が仕事始め。単身赴任の方々は皆さん正月連休の前後に代休を取って、早めに家に帰省します。「北の勝」さんは正月ギリギリまで働き、年明けも直ぐに製造を始めるそうで、毎年、仕事納めと仕事始めはには税務署の幹部の方が不在であってもご挨拶に来るそうです。

 「北の勝」さんは税務署より酒の製造免許を頂き、今年も無事に仕事を終えられました。そして新年も仕事が始まりましたというご挨拶なのでしょう。税務署長の宮坂さんは根室勤務の時にこの「北の勝」さんの話を聞き、このご挨拶を直接お受けしたいと思い、代休を取らずに暦どおり出勤され、挨拶に来た当主の碓氷さんは驚かれたそうです。今まで税務署はただ税金を集める所とだと思っていましたが、こんな美談を聞くと、今年は沢山利益を出してお国の為に国庫に納めようと思いました。毎日正直に仕事をして、お客様、酒の生産者さん、卸さんにも喜んでいただき、最後は税務署さんにも喜んでいただける会社になりたいと心新たに思いました。

< 2024年 5月 店主の独り言 >

 今月は私の仕事の話。

 私はワインショップフジヰの社長ですが、実は札幌中(ナカ)地区の酒小売組合の理事長でもあります。私の親も組合の役員をしていたので組合費は払っていましたが、自分の仕事だけで手いっぱいだった為に組合の集まり等は不参加でした。しかし数年前、同業大手の「リカーズかめはた」の社長さんから、そろそろ酒小売組合の仕事も手伝ってくれないかと頼まれ、逆らうことも出来ずに役員になりました。その後、中組合前理事長のムラオカ食品・浜井社長から、「私はお酒の販売で長く営業させていただいたので、酒業界に恩返しをする気持ちで組合の理事長を引き受けた」と伺い、私も業界への恩返しと次の世代に引き継ぐ為に、理事長を引き受けました。

 今の酒小売免許は申請を出せば、ほぼ自動的に下りますが、昔は条件が厳しくて簡単に販売免許はもらえませんでした。そのような特権的な免許制の中で同業者の組合が出来、会費を積み立てて慰安会等を行っていたようです。しかし現在、販売免許は誰でも取得が出来、家庭用ビール販売の大半を占めるスーパー、コンビニの多くが組合には加入しないので、組合員の多くは古い酒屋さん主体になっています。当然、組合員数は減り続け、現在の酒小売組合の理事長には特権や恩恵は全くありません。組合としては地元の税務署や警察署と共に「飲酒運転防止」、「未成年の飲酒防止」等のキャンペーンを毎年行っています。

 さて札幌の酒小売組合は中と東、西、南、北、5組合があり、この5組合を束ねる協議会会長は人望が厚い北組合「銘酒の裕多加」の熊田さんでしたが、2023年9月にご病気でお亡くなりになりました。新会長は南組合の山田理事長が引き受け、新体制に向けて動き出しています。札幌の酒業界は酒小売組合の酒屋さんと、「リカーズかめはた」さんの様な大手の業務用酒販店の両面で進んでいます。また世代交代や新規参入もあって、酒組合内にある青年部は積極的に活動をしています。私が理事長を続ける間で、何か多くの酒屋さんが興味を持ってくれるような事が出来ればと思いながら私は会合に参加しています。

< 2024年 4月 店主の独り言 >

 今月は私のお話し。

 先日、今話題の手稲稲穂にあるレストラン、パルコフィエラさんに食事に伺いました。このお店は色々な意味で独特なレストランです。まずロケーショは郊外なので可愛いお庭があるような一戸建てのレストランではなく、JR稲穂駅から徒歩1分以内の建物の1階に入っています。私は初めてこの駅に降りましたが、一戸建てが並ぶ住宅街で駅前にはコンビニすらない無人駅でした。

 店内はL字カウンターで定員9名の小さなお店。ここではランチは12時、ディナーは18時に一斉スタートで、お客はこの時間に合わせて来店しなければならず、遅れると食べられないメニューがあるとか。料理のコースは1種のみで、昼、夜共に一人20,900円。肉や魚のメニューでチョイスは無く、(ある意味独裁者の)中條シェフに全てお任せです。

 私の知人で、イタリア在中の日本人の方が札幌に来る事となり、その人から是非ここで一緒に食事をしてみませんかとお誘いを受けて、家内と3名で伺いました。シェフはカウンターの前でほとんどの料理を一から作って行きます。シェフの信念は塩とオリーブオイル以外の調味料は自分で作るらしく、お酢各種、アユで作った魚醬、木の実で作る味噌、等々、そして真骨頂は10種類以上ある生ハムまでもが自家製です。ある一皿は柵の魚に金串を差し、薪火の上でレア状態に火を通し、和包丁で切り分けます。そしてお酢、マスタード、魚醬等で味付けをして、その日同席した3組8名の方々に提供されます。

 昔テレビで見た、「料理の鉄人」さながらの光景を目の前で見ながら、出来上がった料理を一品、一品味わってゆきます。数えてはいませんが、生ハム類を入れると10皿以上のメニューがどんどん続き、時間は3時間を超える長丁場。来店されるお客様は8割が本州から、1割が海外、最後の1割が道内の方。飛行機賃と宿代を考えても、このコース料理は一人3~4万円払ってでもシェフの独創的な料理を楽しみたいと思える価値があると思います。

 私は今、この瞬間、ここにしかない味わいの世界を体験できる唯一のレストランとして、札幌の宝物とも言えるお店だと思います。最後にここの生ハム類が、前に「独り言」でお話ししたココノ・ススキノ地下1階にある肉屋さん「エルムの山麓」で切り売りしています。気になる方は一度味わってみませんか。

< 2024年 3月 店主の独り言 >

 今月はスタッフのお話。

 以前にもお話しましたが、当社で16年働いてくれた鎌田君が年末に退社し、スタッフ募集をしていました。そして何人かの新人さんが入社しましたが、どうもワインの種類が多く難しいようで長続きしませんでした。僕らは今までと同じ事を続けて来ただけと思っていましたが、やはり日本語ではなくアルファベットで書かれたラベルを見て、倉庫から品出しをして、店頭に並べたり、得意先へ車で配送するのは、新人さんにとっては面倒な仕事だったようです。

 現在は鎌田君の代わりに、パートの女性1名と、正社員は男性1名と女性1名の計3名が増えました。スタッフが定着したら、当社は閉店後の残業が多かったので、労働環境の改善にも着手して、誰もが楽しく働けるようにすることが私の仕事です。また当社は男性5名とパートの女性2名でしたが、現在は男性5名、女性4名と女子率が上がってきました。今後も良質なワインを探すことは続けながら、今まで弱かった店内の清掃や、古い値札の交換、疎かにしていた事にも力をいれて行きたいと思っています。

 そして、当社では毎金曜の閉店後に、社内で新着ワイン15~20種の試飲勉強会を行っています。新人スタッフは、一度にこんなに沢山のワインを開けて試飲する事に驚き、味わいのコメントを聞いても答えられませんでした。それでも試飲を数回続けて来ると、少しずつ感じた味わいを自分の言葉で発言するようになって来ています。1歩、1歩、成長している姿を横で見ていると、私は少し彼らが自分の子供の様に思えて来ます。新人たちは今、もがきながら努力をしています。今後、何かミスがあるかもしれませんが、少し長い目で見ていただけると幸いです。1年後には仕事の要領も覚え、試飲の本数も1000本を超えて、皆さんへお勧めやアドバイスが出来る事でしょう。

< 2024年 2月 店主の独り言 >

 フジヰニュースは2月号にはなりますが、今年もよろしくお願いします。

 さて今月はススキノの交差点に出来た新しいビル、「ココノ ススキノ」に家内と行って来たお話し。まずは地下2階の「スーパー・ダイイチ」。ここのお薦めは、何と言ってもお惣菜の「おはぎ」。ダイイチの本社は帯広だけに十勝産の小豆を使い、老舗の和菓子屋さんの様な上品な味わいで、しかも大ぶりなおはぎは、気の張らない手土産には最適な逸品です。また、鳥肉は普通のスーパーだとトレーに載せてラップされていますが、ここは真空パックのビニール袋に入っていて、資源の無駄遣いをしないエコの姿勢が感じられます。

 地下1階には、酒小売店が2軒入っています。円山屋さんは自然派ワインに特化し、根本酒店さんはウイスキーと、日本酒が主体。そして、この2軒は共に試飲スペースがあって、販売だけではなく飲食店としても賑わっています。さて私の一押しは、地下1階の一番奥にある「エルムの山麓(サンロク)」という肉屋さん。私は500g以上の塊のお肉を焼いて食べるのが大好きです。でも普通のスーパーには200g位で厚さ2センチ程のステーキしかありません。私は市内の色々なスーパーに行き、塊からカットしてもらえるお店を10年以上探し続けて来ました。

 そして、ここで出会ったのです。ここでは道産の鹿、鴨、羊、牛、豚など様々な動物の様々な部位が500~800g位で真空パックされて売っています。しかも100g400円前後なので、2~3000円位で塊の肉が買えるのです。安価な塊なので、家に帰って少し筋を切ったり手を入れなければダメですが、厚さ6センチ位ある肉をゆっくり焼く事で、表面は少し焦げて香ばしく、ナイフでカットすると中心が綺麗なピンク色に仕上がると、嬉しくて赤身だと僕一人で400gはペロリいただきます。塊のお肉を塩コショウで食べていると、焼肉用の薄切り肉は、僕にはタレの味しかしないような気がします。

 特に鹿はハンターさんが仕留めた物なので、必ず在庫があるわけではありませんが、普通のスーパーでは考えられない品揃えにワクワクします。前回は鹿の代わりに鴨肉の600gを買って帰ると、息子が焼いてくれました。息子はレストランで2年半働いていたので、鴨の脂身を下にして弱火でじっくり焼くと、フライパンに溶けた油が2センチ位たまり、その油をスプーンですくって、まだ赤い肉の上面にかけて行きます。このアロゼという技法でゆっくり火を通し、その後はオーブンの代わりに引き出し式の魚焼き器で焼いて、じっくり火を入れました。

 もちろん僕も最初から上手く焼けはしませんでした。レストランで表面がカリっと焼けて、中心がロゼ色のお肉を食べて感動し、家でやっても上手くは出来ません。何十回も失敗しましたが、切って生だったら又フライパンで焼けばいいんです。それを繰り返しているうちに、何とか上達してきました。また塊のお肉を切ってくれるスーパーを見つけても、そういった客は少ないので、担当者が変わるとカットをしてくれなくなり、また別の店を探す。せっかく塊肉を買えても、上手に焼けない。こんなことを10年以上やって来て今があります。皆さんの中で、肉好きな方がいましたら、ぜひココノ・ススキノ地下1階の「エルムの山麓(サンロク)」に行ってみてください。

 それと、ここで売っている渦巻き状のシカ肉ソーセージは絶対お薦めです。解凍してから、数ヶ所にねじれを入れて、ボイルして、フライパンで焼くと、鹿肉の美味しさが素直に味わえます。焼くのが大変な塊肉の前に、まずはこのソーセージを味わっていただくと、鹿肉の美味しさに開眼する事でしょう。

< 2024年 1月 店主の独り言 >

 今月は当社スタッフのお話。

 実は当社で16年間、一緒に働いてくれた鎌田泰明君が年内で退社することになりました。当社がまだ地下街ポールタウンにあった頃からで、大変だった引っ越しや、現在の店が軌道に乗るまでの苦しい時期も、そしてコロナの時期と、思えば安泰な時はひと時も無かった時期を共に頑張ってくれました。退社後の鎌田君は、やはりワインの販売で仕事を続けるようです。当社では地元・道産ワインの生産者さんを含めて、ワインの仕入先40~50社ほどの担当を受け持ち、在庫管理をしながら発注、入出庫業務。車を運転して得意先への配送と、店舗での販売を担当し、お客様だけではなく仕入先からも非常に信頼があります。

 人生も、会社の営業も、出会いがあり別れがあります。当社では現在、男性1名と女性1名が新スタッフとして頑張っています。新人ふたりが入っても、今は覚える事ばかりで鎌田君の仕事量にはかないませんが、これを機に当社も今まで出来なかった事にチャレンジ出来るチャンスとも感じます。当社のお客様にとっては、新体制に慣れるまでの間はご迷惑をお掛けする事があるかもしれませんが、新しい出発と思って見守っていただけたらと思っています。

 ワイン業界の厳しさと喜びを知り尽くした鎌田君は、これからもこの業界で仕事を続けて行きます。今後、皆様がどこかで新しい鎌田君と出会った際は、ぜひ応援していただけることを願っています。そして今後さらに、良いワインを造る生産者が増え、良質なワインを輸入する業者も増え、お酒とお客様とを繋ぐ酒小売店が増える事で、皆様の楽しい食卓の機会が増える事を願います。最後に私事ではございますが、人生の幸いな時間を作るお手伝いをする酒屋として、今年も一年間走り切ったことを感謝いたします。