2022年12月 店主の独り言

2022年で私は63歳ですが、札幌が市になって今年で100年だそうです。

この市制100周年の記念講演会が札幌市中央図書館で11月に行われ、札幌の出版社・亜璃西(アリス)社の和田由美さんが札幌駅前通りの街並みの変化や文化の歴史について話をされました。この講演で多くの時間を掛けたのは、1951年黒澤明監督が札幌を舞台にした映画「白痴」。私も昔に一度見ましたが、まだ白黒映画でアクションシーンもなく、娯楽映画好きな私にとっては暗く重たい印象が残っています。和田さんは街は破壊と、創造を繰り返し発展する、無くなった風景や建物は人の記憶の中にしか残らないが、こうして映画になることで、昔の札幌を今も見ることが出来るとおっしゃっていました。

また亜璃西(アリス)社が今年出版した本「さっぽろ燐寸(マッチ)ラベル グラフィティ」の中から、札幌にあるお店のマッチ箱の写真もたくさん紹介されました。このマッチは札幌の上ヶ島オサム氏が収集したもので、飲食店だけではなく旅館、商店、銀行、メーカーなど多岐にわたります。上ヶ島氏はマッチラベルだけで何と数十万枚所有し、札幌関連だけでも数千枚、今回の本には厳選した約1200枚が掲載されています。上ヶ島氏は小学校の頃からマッチを集め始めたそうですが、未成年だった自身は当然ですが両親や家族もタバコを吸っていなかったそうです、不思議ですね。

先月は、札幌の南3条通りのカレンダーのお話しで、今月もこうして地元ネタとなりましたが、皆さんにも書店で「さっぽろ燐寸(マッチ)ラベル グラフィティ」を是非見ていただきたいと思います。たった数センチ角のスペースに「店名」「住所」「電話番号」と共に描かれたイラストが皆センスが良く、和風あり、洋風あり、アールデコっぽかったり、独自の味わいが感じられます。

話は戻って映画のお話。札幌が舞台の映画で私のおすすめは、1996年の怪獣映画「ガメラ2レギオン襲来」。ススキノ十字路の角にあったデパート「札幌松坂屋」が怪獣の巣となり、ガメラと共に怪獣が札幌で暴れまくります。しかしこの建物の実際の運命は紆余曲折を経て何度も名前が変わり、最後は「ラフィラ」の名称で廃業し怪獣ではなく解体業者によって2020年に取り壊されました。もう1本はちょっとマニアックですが、1989年吉本ばなな原作の映画「キッチン」。この映画は函館で撮影されましたが、一瞬ですが札幌・地崎バラ園前にある美しい夜景で知られるBAR、「N43」さんの白い屋外通路が登場します。近年の映画では、やはり2011年からの3部作・大泉洋主演の「探偵はBARにいる」になるでしょう。

2022年11月 店主の独り言

今月は札幌南3条通りのお話し。

この3条通りは私の知る40年以上前から大箱の店舗が少なく、小さくても個性的なお店が点在しています。西1丁目には今でも語られる喫茶の名店「イレブン」がありました。物静かで強面のオーナー、日比さんが落とす当時珍しかった深入りのコーヒーと、ジャズが流れるとてもクールなお店。ところがこの喫茶店、夜の9時を過ぎると、店奥のテーブルに狸小路の店主らが集まり、神輿(ミコシ)の会「北海睦」の会議室の様になって、オジサンのたまり場状態。このお向かい西側には、今も人気で居心地の良いビアホールの「米風亭」。一昔前、夕方前のカウンターには欧米からの外人さんが集まり、ギネスのパイント・ジョッキを飲みながら英字新聞を読んでいて、まるでロンドンのパブの様でした。そして次の角を右に曲がると、今は無きおやき屋「千歳焼」。昼は白衣を着たお父さんが焼き、夕方からは映画好きな娘姉妹が切り盛りしていました。ここのクリームおやきが好きでしたが、タコ焼きも美味しくて、スガイビルで映画を観ながらよく食べたものです。

さて、札幌在住のイラストレーター・松本浦(マツモト・ウラ)さんは、街の様々な店舗や古い家を題材に作品を描いています。毎年9月には個展を開いて、多くの新作と共にイラストが載った翌年のカレンダーを発表。今回の個展に出ていた来年のカレンダーのテーマは「南3条通」。表紙は南3条西14丁目・みゆき交番の前を走る市電の除雪車・ササラ電車。1,2月は5丁目・喫茶ランバンさんと、オープン前のバーFMさんのシャッター。3,4月は何とワインショップフジヰとお隣の中山ビル。5,6月は東3丁目・八百屋の南里商店さん。7,8月は6丁目・狸小路市場。9,10月は7丁目・パンのポームさんが入っているKAKUイマジネーション。11,12月は6丁目・ビストロ・エルスカさん。

こうして当社も南3条通の仲間に入れていただき感謝なのですが、浦さんの個展にあった作品の店舗でも、「今は解体され残っていません」と書かれた建物がいくつもあってちょっと複雑な気持ちになりました。考えてみるとコロナ禍だけでなく、都市計画や、オーナーの健康状態や諸事情で5年、10年後に残っているのかは、現オーナーですら分からないとも言えます。ただ今は無くても、イレブンや千歳焼の様に記憶に残るお店と、残らないお店があるのも事実。

当時、私は夜10時過ぎに喫茶イレブンの前を通って帰宅していました。毎晩ここでは、ホールの女性が重たいテーブルと椅子を全て店の外に出して、店内を清掃していました。冬、吹雪の時でも同様にしているのを見て、長く繁盛しているお店はお客様の居ない時でも努力している姿が心に残っています。そう思うと、将来の行く末の心配よりも、お客様の心に残ってもらえるお店になるように今を努力する事だと感じます。実は、この2023年版カレンダーを当社でも販売しています。サンプルも展示していますので、気になる方は是非ご来店いただき、現物をご覧ください。

2022年10月 店主の独り言

 9月の休日に息子と三人でキャンプに行って来ました。

 コロナが始まった2020年から3年間程、家内と二人で道内各地をキャンプして来ましたが、テントも小さく、寝袋も二つしかありません。今回は大人になった息子と3人なので、札幌市南区常盤(トキワ)にあるキャンプ場の設置されたテントに泊まる「グランピング」を体験して来ました。当初はベッド付きテントに宿泊予定でしたが、その日は台風14号の影響で大雨が予想された為、貨物輸送用の鉄製コンテナを改造して中に二つのベッドがセットされた所に三人で泊まりました。そして予報通り、その日の夕方からはずっと雨でしたが、風が強くはなかったので、コンテナの前に設置されたタープ(天井部分だけのテント)内のテーブルで、雨を見ながらゆっくりとバーベキューを屋外で楽しむことが出来ました。

 息子は初めて自分一人で火をおこし、焚火とバーベキューの火の世話が好きになった様です。今回もお肉は、札幌東区役所そばの塩原精肉店の生ラム。厚さ1センチの超厚切りにカットしていただいたので、ジンギスカンと言うよりはラムのステーキ。表面が少し焦げても内側はピンク色で、噛む度に肉の旨味が楽しめます。そして、もう一つの楽しみはワイン。まず乾杯のシャンパーニュはボーモン・デ・クレイエールのブラン・ド・ノワールで、ミレジム2012年(7,480円税込)。ピノ・ノワール種70%、ピノ・ムニエ種30%をブレンドし、瓶内二次発酵と熟成に96ヶ月もさせていますが、黒葡萄からの凝縮した果実味がまだまだ濃すぎて、液体ではなくゲル状の様に感じられました。多分、若い頃のロバート・パーカー氏がコメントしたら「ワオ、ワオ、ワオ」と言って95~96点位の評価をしたと思います。

 次の赤は南仏から。生産者はサンタ・デュック、葡萄はラストー村のブロバック畑産で、収穫は2014年(2,530円税込)。品種はグルナッシュ種80%、シラー種10%、ムールヴェードル種10%のブレンド。醸造は野生酵母を使ってゆっくりと行い、その後オリと共にタンクで熟成させています。アルコールは14.5度と高いですが、8年を経て果実味とアルコール感、スパイス感が調和し始めてきています。個人的には上記のシャンパーニュよりも熟成感が楽しめるラストー村の赤の方が気に入り、塩コショウしたラム肉との相性も良かったです。

 こうして美味しい肉とワインを家族三人で楽しんでいましたが、私は前日の残業から睡魔に襲われてしまい、なんでも椅子に座って箸を持ったまま寝ていたそうです。その後は二人に起こされ、夜の8時前に一人でベッドに入って朝まで寝ていました。そんな訳で、食事後半の記憶はございませんが、息子は夜中まで一人で焚火と戯れていたようです。

2022年 9月 店主の独り言

 今年の夏休みは、家内と二人で伊豆・大島に行ってきました。

 羽田からモノレールで浜松町駅、ここから徒歩で竹下桟橋のフェリー乗り場に行きます。30年以上前の浜松町とは違って竹下桟橋までの間には、汐留(シオドメ)地区から続く高層ビルがニョキニョキ建っていて今では人気のエリアとか。
 さて、ジェット船のフェリーは大島まで1時間45分。昔の青森~函館間の連絡船が、少し短い距離を4時間でしたから、驚きの速さです。また、行った時期がお盆と重なり、取れた宿も港から離れた古い民宿。北海道・奥尻島より少し小さな規模の伊豆・大島はバスの便が悪く、車がなければ移動もままなりません。しかし7件あるレンタカー屋さんは全て空きが無く、港でタクシーに乗って宿まで向かいます。車中でレンタカーが無い話をしたら、運転手さんが親戚の中古車屋さんに問い合わせをしてくれて、運良く翌日から1台都合が付きました。

 宿の方に聞くと、島のレンタカーが少なく、車、バイク、原付、電動自転車、変速付き自転車、ママチャリの順に無くなるのだそう。翌日からは、見どころ満載の島を車で回りました。私のお勧めは、小さいけれど動物が生き生きとしている動物園。突風が吹き荒れる荒涼とした三原山の裏砂漠。水着着用ですが、海を眺めながら入る温泉、浜の湯。でも私が一番感動したのは、伺った元町の高田製油所で、四代目高田義土さんに椿油のお話を1時間以上伺えた事です。高田さんは何気なく淡々と話をしますが、良質な油は手間のかかる「玉締め式」で作る事を家内が取っていた生活クラブの会報で読んでいた事で話が進み、高田さんの話に熱がこもり始めました。島に椿の木は約300万本栽培されているそうですが、農地栽培ではなく各家庭で防風林や観賞用に栽培されている為に量産化が出来ず、農地化、産業化がされませんでした。実際、現在収穫されている島内の椿の種を全て絞っても、島民1人当たり1升瓶の半分強しか行き渡らないそうです。

 現在はフェリーのお陰で生活物資は何でも入手出来ますが、昔フェリーが無い頃の油は貴重品で、島民は庭にある椿の実を拾い、中の種をくり抜いて天日乾燥させ、油屋さんに預けて、手間賃分を除いた油を受け取り、毎日の調理に使っていたそうです。
 この椿油は今注目のオレイン酸を86%も含む事で、肌への吸収が早く、酸化が遅い為に、平安時代から女性の黒髪を守る油として珍重されてきました。しかし椿は植樹して実をつけるまでに約15年、成木となり良質な油を得る種を収穫するには更に15年以上かかる為、短期的な量産が出来ず、食用ではなく少量の油でも利用できる美容用油で本州に出荷されていました。でも高田さんは、椿油は食べて味わっていただきたいそうです。

 ワイン業界で言うと高田製油所さんは自社畑の無い生産者で、原料である椿の種の入手先は皆さん個人の方々。個々に病院のカルテのような台帳があり、毎年の引き取り量が記載され、お金で支払いか、手間賃を除いた油でお返しするかが記載されているようです。ちなみに油で返済する方は一升瓶に入れてお渡しするそうです。
 私がワイン用葡萄の木は3年で実が成り、20年位から良質な実が収穫出来ると言ったら、その位だったらうちも自社農場を始めたかったと高田さんが言っていました。しかし現在、種を持ち込む方の多くがご年配なので、次の世代の方々になっても椿の実を収穫し、種をくり抜き、天日乾燥させて製油所に持ち込んでくれる事を願うしかないと言っていました。
 沢山の小規模・個人生産者から種を買い入れ、今も効率の悪い「玉締め式」で油を絞り製品化する高田さんの話を聞いていて、私は胸を打たれました。ワインではありませんが、素晴らしい生産者が伊豆・大島にいる事と、そのご本人とお会いし直接話を伺えた事に感謝いたします。

2022年 8月 店主の独り言

 先月は東京から家内の姉と娘さんが北海道観光で札幌に来ました。

 久しぶりの女性同士、お酒よりもおしゃべりがメインなので、私は運転担当で一緒に札幌観光を楽しみました。さて、私が思うに東京、大阪からの方が北海道に期待するのは広大な広さ。そこで家内が選んだのは、モエレ沼公園(広さ189ヘクタールで内陸部100ヘクタール+沼)。その日は祝日だったので、駐車場の横にあるガラスのピラミッド内のレストランでは結婚式が行われていました。

 レジャーシートを広げて皆でおにぎりを食べていると、海の噴水がスタート。この噴水はちょっと驚きのアトラクションで、10年ぶりに噴水を見た私は映画「シンゴジラ」でゴジラが最初に海から登場するシーンを思い浮かべました。その後はモエレ山の登山、札幌の不燃ゴミと建設残土を積み上げ造成された、高さ52メートルの人工の山です。ここを整備された道を通らず芝生の斜面を10分程かけて登りましたが、自然志向のお姉さんと妻は靴を脱いで裸足で登りました。山頂はすごい風でしたが、北側には石狩の海辺に並んで立つプロペラ型風力発電機が見え、札幌駅のJRタワーや中心部のビル群、南側には銀色に輝く札幌ドーム、東側には遠くに野幌の百年記念塔が見え、広大な札幌全体を見渡せます。

 彫刻家イサム・ノグチ氏が基本設計したこの公園の桁外れなスケール感と魅力を満喫して、私が同氏が設計の真っ黒い滑り台が札幌の大通公園にあると話したら、それも見る事になりました。「ブラック・スライド・マントラ」と名付けられたこの作品には逸話があります。この滑り台は当初、大通公園9丁目にある丘のような石の滑り台(クジラ山)を撤去して設置される予定だったが、現地を視察したノグチは、子どもたちに親しまれているクジラ山をそのまま残し、空間全体のバランスを考えた上で、大通公園8丁目と9丁目とをつなぎ、その間の道路にあたる場所に設置することを主張した。一見、無謀とも思える提案でしたが、札幌市は「子供らの遊び場に」(「ブラック・スライド・マントラ」は)「子どもに遊ばれて、完成する」というノグチの意思を尊重し、8丁目・9丁目間の道路をふさいだ話をしました。

 遊んでいる子供達の列に加わって、僕らも童心に帰って滑り台を堪能しました。夕食は「町のすし屋・四季花まる」。人気の回転寿司店が運営する新しいスタイルの寿司屋さん。車の運転が終わった私は、お刺身盛り合わせと日本酒を堪能し、お姉さんと家内は二階建てホタテだ、イクラだと大騒ぎ。こうして札幌での観光を楽しんでいただきました。

2022年 7月 店主の独り言

 今月は車のお話。

 今まで乗っていた青い日産ノート初期型2005年式が、17年を経てそろそろ買い替えの時期感が出て来ました。私の希望はトヨタ・ポルテ。メジャーな車種ではないので御存知ない方もいるでしょうが、軽以外の小型車でちょっと変わった車でした。社名はフランス語PORTE(扉、ドアの意、読みはポルト)をローマ字読みしたのでしょう。助手席ドアが、大きなスライドドアから付けたようです。

 ある時、私の目の前を女性がスタスタとこのポルテに近づき、リモコンを押して助手席の電動スライドを開けて車内に入ると、助手席のシートが40センチ程後方に下げてあり、助手席側から運転席のシートに当たり前のように座って、内側からスイッチで助手席ドアを閉めました。車に乗り込むには自分でドアを開け、椅子に座って「ドン」という音と共にドアを閉めると思っていたら、何ともスムーズで優雅な乗車に見とれてしまいました。

 この車の運転席側は普通のドアで、助手席側が大きなスライド式、後方は跳ね上げ式ドアという、左右でドアの切り方が非対称の車でした。発売後、赤ちゃんを抱っこしたまま、あるいは荷物を持っていてもスムーズに乗り込める事が受けて、女性に人気が出ましたが、やはりイレギュラーな車として販売台数も下がり生産中止になってしまいました。

 少しへそ曲がりな私は、こういった設計者の思いが色濃く出ている商品が好きです。ぱっと見には、小さくて背が高いファミリーカーですが、ドアの切り方や内部のレイアウトに関して、トヨタ内の設計・企画会議ではかなり難産だったであろうこの車が、私にはとても魅力的なのです。さて、私が家内にポルテの説明をした後に、家内の希望を聞くと「私は黄色い車が良い!」の一言。そこで調べてみるとポルテに黄色は発売されておらず、全塗装をするか、別の車種で黄色を探すしかありません。はたして次の車は何になるのでしょうか。

2022年 6月 店主の独り言

 今月は映画の話。

 5月に狸小路の映画館で「ハーメルン」という日本映画を観ました。監督は若手で現在、室蘭に暮らす坪川拓史(タクシ)さん。家内の友人に素晴らしい監督で、今、上映しているから是非観てと言われて二人で行って来ました。しかも日曜夜18時30分からの上映後に、監督と出演した役者・坂本長利(ナガトシ)さんの舞台挨拶付。ストーリーは廃校になった小学校の先生と生徒さん達が、年月を経ても忘れられない記憶を辿る物語。映画だけでも素晴らしい作品でしたが、上映後の舞台挨拶が驚きでした。

 舞台挨拶、最初の一言は「今、話題のシン・ウルトラマンではなく、ハーメルンを見に来ていただき、ありがとうございます」でした。実はこの二つの映画には、今売れっ子の西島秀俊氏が共に出ているからなのでしょう。そして、この映画は2013年に完成後に、全国各地で場所を借りて上映会を行いましたが、こうして劇場での通常公開は完成後9年を経て初めての事なので、監督として大変嬉しいと喜んでいました。私は映画は映画館でやるものだと思っていましたが、組織に属さない監督さんの作品を映画館で普通に上映するのは大変な事とは知りませんでした。

 坪川監督は、ハーメルンの主役は廃校になった木造の校舎ですが、2007年完成した一つ前の映画「アリア」の撮影でも別の校舎を撮っています。その際に全国に残っている廃校の校舎を色々探して、一番気に入ったのがハーメルンの学校だったのですが、当時はこの校舎が何処にあるのか分からず、別の校舎で撮影をしたそうなのです。その後にこの校舎は1980年廃校になった福島県昭和村の喰丸(クイマル)小学校という事が分かり、次の映画はここで撮ると決めて村役場に伺い来年撮影させてくださいと話をすると、廃校後30年を過ぎて老朽化が進んだ為に、来年壊す事で国の予算が下りたので無理と言われたそうです。

 そこで何度も行政に掛け合い、解体を1年延ばしてもらい、制作費や役者さん、制作スタッフ等の段取りをしていたら、今度はメインのスポンサー企業と監督との関係がダメになり製作はとん挫したそうです。すると主演女優の倍賞千恵子さんがこの映画はどうしても完成させたいと言って、福島県の名士の方々を当たってスポンサー探しをしてくださり、さらに東北の震災もあって製作は5年も掛かったそうです。監督は何度も何度も村長や役所に行って、「もう1年待ってください」、「もう1年~」とお願いし続けて、2013年に映画が完成しました。

 こうして大劇場でなくても上映会が始まると、映画を観た方々がぽつぽつと昭和村に訪ねるようになり、さらに旅行代理店が、喰丸小学校に行くバスツアーを企画して、団体さんも昭和村にやって来ました。すると、解体、解体と言っていた行政がクラウドファンディング等で資金を集め、保存と校舎の耐震工事が決まり、2018年から校舎は村の観光拠点施設として運営しています。一人の映画監督の情熱が役者さんを揺り動かし、その作品は観客だけではなく、村の住民の心までも虜にして、行政を変えて行く程の大きな流れになる話を聞いて私も胸が熱くなりました。「ハーメルン」はハリウッド映画とは全く違うスタイルですが、素晴らしい作品でした。

2022年 5月 店主の独り言

 4月に日本ワイナリー協会主催のピノ・ノワール・ワインセミナーに参加しました。

 セミナーは今流行りのオンラインで、3ヶ所の生産地を繋いで各産地の生産者さん同士がディスカッションします。まずフランス・ブルゴーニュからは、函館で葡萄栽培を始めたヴォルネ村のモンティーユさん。札幌会場は日本ワイナリー協会顧問の石井もと子さんが司会進行を務め、生産者は山﨑ワイナリーの山﨑さん、千歳ワイナリーの三澤さん。長野会場はヴィラデストワイナリーの小西さん。離れていても顔と声はオンラインで伝わりますが、ワインの味わいはオンラインでは無理なので、3会場にそれぞれ5種のワインが用意されました。

 ワインは全てピノ・ノワール種の赤で、モンティーユ北海道(余市産葡萄使用)2019年、モンティーユのフランス・ヴォルネ村1級畑ミタン2018年、千歳ワイナリー(余市産葡萄使用)北ワイン2019年、三笠・山﨑ワイナリー・プライベート・リザーヴ2019年、長野・ヴィラデストワイナリー2019年。また札幌会場でワインのサービスをされたのが、オーストラリア生まれの高松ソムリエ。現在、余市のドメーヌ・タカヒコで研修中の彼は、豪州、英国のレストランで勤務しながら独学し、世界ソムリエ業界の頂点に立つ英国のマスター・ソムリエ(2020年時点で世界に269人)を取得した現在最年少の青年です。コロナ禍以降、今となっては当たり前ですが、札幌に居て、各生産者のコメントをオンラインで聞きながら、実際にそのワインを試飲しました。

 さて5種のワインの味わいです。モンティーユ北海道、色調はミディアムですが、果実味が詰まっていて骨太な印象。熟成香的な香木や革の香りも開き始めています。一方、ヴォルネ村のピノはとても暑かった18年産。果実味が凝縮して北海道のピノと比較すると、温暖なカリフォルニア産ピノ・ノワールの様に濃厚でした。余市産葡萄を使った千歳のピノ・ノワールは、酸とタンニンが調和し、ふくよかな果実味と共に柔らかな印象。三笠のピノ・ノワールは干した果実の風味を酸味が引き締め、ミネラル感と本わさびの香りが余韻に感じられました。最後は長野でも標高850メートルの丘の上にあるヴィラデストワイナリーのピノ・ノワール。ふくよかな旨味と果実味に細かなタンニンと穏やかな酸が調和し、余韻には麦わらを思わせるにが旨味が楽しめます。

 司会の石井さんがモンティーユ氏に、本場の産地に居ながら何故、北海道でピノ・ノワールを栽培を始めたのかと聞くと、1990年以降ブルゴーニュでは果実の抽出が強くなった。僕が思うには、パーカー氏を始めとするワインの点数評価が影響したと思います。それと、現地の温暖化が進んだ。そんな時にプロモーションで日本に来て、北海道のピノ・ノワールを味わい1980年代のブルゴーニュが持っていた冷涼地らしい繊細な味わいに驚いたそうです。その後も北海道に来て、産地を見て回ると、欧米の様に生産者の悩みを国や研究機関がサポートする体制が全く無く、個々の生産者が手探りで葡萄栽培を行っている姿を見て胸が熱くなり、自分が持っているノウハウと、地元ディジョン大学の研究結果をオープンにして、共に力を合わせてピノ・ノワールの新産地を作りたくなったと言っていました。

 その1990年以前のブルゴーニュの味わいについて質問すると、モンティーユ氏は「アロマのエヴォリューション(香りの進化の意)」と言われました。当時のブルゴーニュが、10年以上かけて上手く熟成した時に出て来る熟成香が、北海道のピノ・ノワールは5年程でその香りが開き始める。これが驚きで、この特徴を持った道産ピノ・ノワールを更に磨き上げると、どうなって行くのかが楽しみだそうです。

 あと、私がモンティーユ氏の映像を見て思ったのは、彼が現地で試飲に使っていたワイングラスは、多分オーストリア・ザルト社のブルゴーニュ・グラス(現在メーカー欠品中)の様でした。セミナー後に、ソムリエの高松さんに聞いても、同様の返答でした。こうして現地に行かずに、産地の様子が見えるのはオンライン映像だからこそ。話は戻りますが、これから10年、20年後の北海道のピノ・ノワールは益々楽しみになって行くでしょう!

2022年 4月 店主の独り言

 今月は春のお話。

 記録的な雪に見舞われた札幌も、3月に入り日中はプラスの気温になり、車道はアスファルトが見えて来ました。営業的にも3月後半から「まん延防止~」が解除され、ホテルや飲食店の方々はいつも以上に春を待ち望む気持ちでいっぱいでしょう。また、ワイナリーさん側の話をすると、2021年の9~10月に収穫した葡萄は約1ヶ月間の発酵を終えてお酒となり、若飲みタイプのワインはひと冬のタンク熟成を経て瓶詰めし、これから発売の時期となります。2021年産の作柄は日本海側の産地、余市と、岩見沢地区では収量は減ったようですが、記録的な暑さだった夏のお陰で完熟した葡萄が収穫出来たようです。

 しかし、人間社会ではコロナが続く中で2022年になり、北京でオリンピックが開催、ウクライナでは戦争が始まり、東北ではまた大きな地震が起きました。人類的には大騒ぎですが、九州や横須賀の友人からは、梅や桜の写真がスマホにアップされています。北海道でも、もう直ぐふきのとうが雪の中から顔を出し、草木も活動を始める事でしょう。今年の様に驚くような事が連続して起きると、私たちが平和な日常生活の中で、季節と共に生活できる事が最高の幸せなのだと感じます。そう思うと、まずはふきのとうの天ぷらと、まだ少し渋硬さが残るであろう2021年産の道産ワインとを味わいながら、春を満喫したくなりました。何気ない日常を送れる事、3月が終わると新年度が始まる事、春から自然界が活動を始める事、すべてに感謝をして楽しく生きて行きましょう。

2022年 3月 店主の独り言

 今月は映画の話。

 アメリカの女性ソウル・シンガーの大御所、故アレサ・フランクリン。彼女が1972年に行ったコンサートの記録映画が、名曲「アメイジング・グレース」の名で公開されました。50年前、僕が中学、高校の時代はロックミュージックが全盛でしたが、高校の頃からR&B(リズム・アンド・ブルース、日本ではソウルミュージック)が少しずつ広まって来ました。当時の僕はソウルはあまり好きではありませんでしたが、私も30歳を過ぎてヴォーカルの良さに気づき今ではソウルも聞くようになりました。

 さてこれは、当時売れに売れていたR&Bのトップシンガーのアレサが、立派なコンサートホールではなく、ダウンタウンにある黒人の方々が集まるキリスト教の教会で行った礼拝のようなコンサートを撮影した記録映画。ストーリーもなく、聖歌隊の入場から始まる映像を見ていると、自分がこの会場にいるかのような気持ちになって来ます。牧師さんがピアノで伴奏をしながら、アレサ・フランクリンと、30名程のゴスペル・クワイア(聖歌隊)がゴスペルの讃美歌を歌い続けます。すると、ステージだけではなくこの教会に通っている150名ほどの信者も一体となって、天上から光と共に天使が舞い降りて来て、会場全体が何と言うか信じられない状況になって行くのです。

 音楽や宗教は人それぞれなので、全ての方がこの映画を見て感動するかは分かりませんが、50年前のこの教会に居た200名程の人々は、「この時、私は神を見た!」と言った事でしょう。今よりも明らかに人種差別があり、そんな中で教会に行き皆で讃美歌を捧げている間は辛い事を忘れ、神と共に天国にいる様な状態になれる。あり得ないことですが、その映像を見ていると私もその会場の椅子に座って、涙を流しながら参加している様な気分になりました。特にソウル系ミュージックがお好きな方は、ぜひ一度ご覧ください。ちなみに私はこの映画をレンタルDVDで観ました。